あの日の笑顔06
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 賑やかな披露宴が終わるとごく一部の人たちが二次会へ移動する。優哉の店自体さほど広くないので三十人ほどだったか。もっと広い店も選べただろうけれど、二次会は本当に身近な人たちでいいのだと片平は言っていた。

「じゃあ、俺はここまでで」

「うん、渉さんまたな。あ、そのうちご飯に行こう優哉のところにでも」

「そうだね、また連絡してよ。二次会も楽しんできて」

「ありがとう。気をつけて帰って」

 これからに二次会に移動するのは僕と峰岸と三島、渉さんは誘われもしたらしいのだが今回は断ったようだ。それでもあの夫婦とは近いうちに三人でランチを約束しているとか。片平の旦那さんと彼も仕事を始めた頃に知り合ったのだと聞いた。
 なので本当なら新郎の招待客側にいてもおかしくなかったのだけれど、渉さんの事情と奥さんの気持ちを優先したのだろう。僕たちもいたのできっとなおさらだ。

「まだ少し時間あるけどどうする?」

 駅前のタクシー乗り場で渉さんと別れるとふいに三島が首を傾げた。ここから優哉の店まで三十分くらい。しかし時計を確認するとまだ時間にはかなり早かった。しかしどうするべきか考えていると僕の返事を聞く前に峰岸が歩き始める。

「駅前になにかしらあるんだろ?」

「あ、そうだな。商店街があるからカフェとかはあると思う。確かおいしいケーキ屋さんがあるって」

「じゃあ、移動しようぜ」

 即断即決、僕の返事を聞くと峰岸はのんびりとした足取りで改札を抜けて行ってしまう。こういう迷いのなさってちょっと羨ましいよな。僕はかなり優柔不断なところもあるし。彼のあとを追って少し呆れたような表情を浮かべる三島と改札を抜ける。
 ホームへ行くとちょうど各駅停車の電車がやって来たので、向かう先が急行の止まらない駅なのでそれに乗り込む。平日の夕方近く、学校帰りの学生の姿が見受けられる。賑やかな彼らの声を聞きながら電車に揺られていると、ふいに隣に並び立つ三島に顔をのぞき込まれた。

「どうした?」

「あー、いや、なんか顔色もいいし元気そうだね」

「え?」

「センセは食生活とかがずさんすぎて調子がまちまちだったよな」

 首を傾げた僕に峰岸が窓の外を見ながらぽつりと呟く。その言葉に目を瞬かせたら三島が楽しげに笑った。確かに優哉が帰ってきてから食生活がだいぶ豊かになったのは間違いない。
 けれど言われるほど酷いとは思っていなかった。帰ってくる前だって昔に比べたらだいぶマシだったと思う。朝は食べていたし、昼だって学食で食べていたし、夜だって惣菜だけれど抜かずに食べていた。

「栄養管理ができていたかと言われると返答には迷うが、そこまで酷かったか?」

「食う時と食わねぇ時の差が激しい」

「あとあれじゃない?」

 峰岸の言葉にちょっとだけ言葉を詰まらせていると、フォローするように声を上げた三島がなにかを指し示すみたいに人差し指を立てる。それにまた首を傾げてしまったら左右に指先が振られて小さく笑われた。

「ほら、睡眠。最近はよく眠れてるんでしょ? 目の下の隈がなくなった」

「睡眠、……ああ、それはあるかな」

 確かにそれは食生活よりも明らかかもしれない。なんだかんだと言いながら僕は優哉ロスが酷かったように思う。彼がいなくなったあと、日々の睡眠が少しばかり悪くなった。まったく眠れない、と言うわけではないのだが、眠りが浅くなったのだ。
 たぶん一人きりが寂しくなったのだろう。こうして三島たちもいてくれたし、家族は変わらぬ距離で傍にいてくれるし、友人たちも付かず離れず傍にいてくれた。それでも優哉のいない時間はひどく切なかった。

「優哉も昔は西やんが精神安定剤って感じだったよ。傍にいる時はすごく気持ちが安定してたけど、会えてない時は結構苛々してて機嫌悪かったしね」

「……あの頃の僕たちはちょっとお互いに依存しすぎていたんだと思う。だから色々あったけど、離れていた時間は無駄じゃないよ」

 寂しかった、切なかった、会いたかった。色んな気持ちがあるけれど、離れたおかげで僕たちは一人で立つことを覚えた。それはなにかを切り捨てたものではなく、殻を一つ破るような感じだ。
 ずっと不安定な中で生きてきた僕たちは、ようやく地盤が固まりまっすぐと立ち歩けるようになった。そしていま再会して新しい縁を結んだとも言える。脆かった糸を解いて結び直した僕たちだから、これから先を一緒に進むことができるんだ。

「西やん、いま幸せ?」

「ああ、幸せだよ。毎日が楽しいし、ドキドキするし、傍にいてくれることが嬉しくて」

「相変わらず無自覚な惚気がすげぇ」

「なにそれ、峰岸ひがみでしょ」

「あぁ? お前こそいつになったら彼女つくるんだよ?」

「はぁっ? その言葉そのまま返すよ」

 ニヤニヤと笑った三島の反応に峰岸の眉間にしわが刻まれた。そして今度は頭の上でにらみ合う二人に思わずため息が出る。どちらかと言えば峰岸のほうが相手がいない期間が長い。けれどだからと言って三島に相手がいる期間が長いのかと言うと微妙だ。
 比べると峰岸のほうは彼女も彼氏も作る気がほとんどないと言ってもいいだろう。恋愛ごとは面倒くさいとかなり引いた状態だ。三島のほうは縁があれば彼女が欲しいと普段から思っているようだが、あまり長続きしていない。

「こういうのは作る作らないじゃないし、いがみ合うことじゃないだろ」

 いまいるのが座席の前ではなくて良かったとつくづく思う。こんな話を聞かれたら絶対に人目を集める。扉近くに立っているこの状況でも険悪な二人の様子に視線を上げる人は少なくない。
 三島はかなり背が高いし、峰岸は顔が良すぎるし、黙っていても目立つんだ。できたらなにも聞かないふりをして立ち去りたい気分だ。しかしそんなことができるのならいま気まずい思いはしていない。

「こいつ、職場に気になる相手がいるのにいまだに食事にすら誘えてないんだぜ」

「そ、それは色々あるだろう!」

「色々ってなんだよ。そうやってもたもたしてっからほかのやつに持って行かれるんじゃねぇか。いままで紹介したやつほぼ全部、横からさらわれただろ。お前ちょっと押しが弱すぎんだよ」

 ああ、今日のこれは峰岸に軍配ありだな。三島はだいぶ押し負かされている。そうそうこんな風にちょっと彼は押され弱く押しにも弱いところがある。優しいのだけれどちょっと物足りない、と感じている女の子が多いのかもしれない。
 しかし僕もそれほど恋愛経験豊富というわけではないが、感じる一番の敗因はおそらく三島の元来の性格にあると思う。性格は誰が見ても真面目でまっすぐでいいやつだと口を揃える。ただやはりずっと弟たちの母親代わりをしてきたせいか、世話焼きなお母さん気質が抜けない。

 頼り甲斐はすごくある、あるけれど女の子からするとたぶん些か複雑なのではないかと推測している。自分よりも圧倒的な気遣いができる。器用だ、マメだ、そういう時に若干の劣等感を抱くことがあるのだろう。
 僕みたいに気が利かなさすぎるのもよくないが、気が優しいというのがマイナスになるのは不憫だ。

「彼氏とかいる気配まったくないんだろ?」

「う、うん、まあ」

「もうちょっとやる気を見せろよ」

「でもお互い忙しいし」

「そんなこと言って結構暇してるだろ、お前。呼べば出てくる癖に」

「それは峰岸が一方的に呼び出すんじゃないか」

「時間が空いてるから来るんだろう?」

 普段は三島に世話を焼かれっぱなしな印象が強いけれど、わりと峰岸も世話焼きだよな。学生時代から文句を言っても人の声にはちゃんと反応する。派手な性格が目立つがかなり気遣いもできる。
 性格がちぐはぐで気が合わなさそうなのにいまもこうして付き合いを続けているのは、持ちつ持たれつってところなのかな。いま三島が愚痴とかぼやきを言えるのは峰岸くらいみたいだし。弟たちが成長してきて色々悩みもあるのだろう。

「お前たちは仲が悪いんだかいいんだか、ちょっとよくわからないよな」

 二人が言い合っているうちに電車が最寄り駅に着いた。肩をすくめた僕に二人は揃って仲は良くないと言うが、それも天の邪鬼としか言いようがない。悪友のようで友人のようで兄弟みたいな関係だ。
 全然素直じゃないそんな二人がちょっと可愛く思えてしまう。しかしそれを言うとふて腐れるのが目に見えてわかるので、笑みをこらえながら僕はのんびりと電車を降りた。

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