次候*麋角解(おおしかのつのおつる)

 冬休みに入り、いよいよ年の瀬と言った毎日。この町は大晦日から三ヶ日まで、ほぼ店が閉まるとのことだ。近所にある崎山さんの商店も例外ではなく、冬籠もりのための買い物をしなくてはならない。 人手は多ければ多いほどいい。というわけで、普段から暁治…

初候*乃東生(なつかれくさしょうず)

 二人でしっぽり温泉旅行、のはずが、なぜだか家族旅行にようになったあのあと。一人、留守番となった桜小路の家へ暁治は向かった。 同じく留守番になっていた、子猫の雪を迎えに行くためだ。 本当ならば、雪も幽世に連れてこられたらしいのだが、さすがに…

末候*鱖魚群(さけのうおむらがる)

 温泉とは、火山活動や地熱で温められたお湯が沸いた場所、あるいはそのお湯のこと。であるらしい。「わ~い、はる。貸し切りみたいだよ!」 先に戸口を潜った朱嶺は、はしゃいだ声を上げ、こっちだと暁治に手を振った。 目の前には湯口から、こんこんと温…

次候*熊蟄穴(くまあなにこもる)

「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。なんでお前が……て、夢の中!?」 暁治が慌てて周りを見てみると、周りはどことも知れぬ真っ白な空間。ぷかりと浮いたように二人して座り込んでいた。 目の前の朱嶺は、暁治のように動じもせず、徳利をこちらに差し出…

初候*閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)

 窓を開けると、一面雪景色だった。「すごいな」 思わず感嘆の声が漏れる。祖父の故郷に来たときは、ところどころ雪が残っていたけれど、ここまで本格的な積雪を見たのは久しぶりである。「はるはるっ、こっちに露天風呂もあるよ!」 はしゃいだ声をあげる…

末候*橘始黄(たちばなはじめてきばむ)

 冬と言えばこたつ、こたつと言えばやはりみかん。と、誰が言い始めたのか。いつに増してこたつの恋しい季節になり、宮古家のこたつは近頃満員だ。 朱嶺にキイチに桃に桜小路。四つのスペースはすでに埋まっている。しかしすぐさま気づいた、朱嶺が自分の隣…

次候*朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)

 もうあと数日で暦は十二月だ。それなのにどうして、こんなところにいるのだろうと、暁治はコートの襟を引き上げる。首をすぼめても、北風と――海風が冷たい。吹き付ける風は身に染みるほどだ。 この季節に海デート、などと考えるやつの気がしれない。そん…

初候*虹蔵不見(にじかくれてみえず)

 庭に立ち、遠くを見れば山の尾根が白くなっていた。もう季節は、秋から冬へと移り変わり始めている。頬を撫でる風も、昼だというのにひんやりしていて、陽射しがなければ身震いするほどだ。 先日、実家へ帰った妹から電話が来た。向こうはまだまだ秋だとい…

末候*金盞香(きんせんかさく)

「なにがハーレムだって!? かぁさん、あなた娘にどういう教育をだね――え、繊細な受験生なんだから、たまには息抜きを? あれのどこが繊細だっ――そうじゃなくて――あぁっ、切られたっ!!」 ガシャンと、大きな音がして、暁治は思わず耳を塞いだ。彼…

次候*地始凍(ちはじめてこおる)

「客?」 やって来た石蕗に言われて、暁治は小首を傾げる。心当たりがない。「まずは一人目を紹介しますね」「え、なんで一人目?」 開いた扉から外に声をかけた石蕗は、入ってきた人物を店内へ招いた。「郵便局員の林田さんです」「……どうも」 にこやか…