末候*玄鳥去(つばめさる)

 春にピィピィと、家の軒下で鳴いていたつばめの声が聞こえなくなって、どれくらい経つだろう。 そのうち親と同じ姿になった子供たちを見かけるようになり、今日久しぶりに箒を片手に玄関に出た暁治は、彼らがいなくなっているのを知った。 玄関の掃除は朱…

次候*鶺鴒鳴(せきれいなく)

「え、そんなのガーッて行っちゃえばよかったんじゃないですかね」「……お前なぁ」 放課後、部活動、美術教室。目の前にはさらさらとキャンバスに木炭を走らせている石蕗。いつもなら他にも美術部員がいるのだが、たまたま用が重なったとかで、今日の部活は…

初候*草露白(くさのつゆしろし)

 学校を卒業して、残念なことのひとつは、やはり長い休みがないことだろう。 思いがけず、学生時代に取った資格のおかげで、臨時とはいえ教師という職業に就いて数ヶ月。昔は先生なんて、生徒と遊んで一緒に休みが取れていい職業だと思っていたのだが、実の…

末候*禾乃登(こくものすなわちみのる)

 視線の先、あぜ道の両脇で稲穂が揺れている。季節を感じる風景を暁治はぼんやりと見つめた。揺れるバスの車内では、制服姿の少年少女たちがお喋りに勤しんだり、携帯電話に夢中になっていたりする。 長い夏休みが終わり、二学期が始まったのだ。時間という…

次候*天地始粛(てんちはじめてさむし)

 昼の陽気はまだまだ夏といった感じだけれど、朝夕の風が少しばかり涼しくなってきた。もう八月もあとわずか。都会と違って、田舎町は季節の移り変わりがわかりやすい。気づいた頃には秋の風が吹くのだろう。 そんなことを考えながら、暁治はバスの窓から見…

初候*綿柎開(わたのはなしべひらく)

 突然の再会――元の主が揃った家は数日、宴会のような賑やかさだった。入れ替わり立ち替わり訪問客がやって来て、祖父母の帰りを歓迎した。 本当に愛されていたのだなと、その光景に暁治は驚きもしたが、誇らしい気持ちにもなる。 毎夜の宴で、英恵ととも…

末候*蒙霧升降(ふかききりまとう)

 その日は朝から霧が出ていた。 小脇に洗濯物籠を抱えた暁治は、縁側でため息をついた。霧が晴れるまで、洗濯はお預けだ。これからどうしたものかともうひとつ、ため息混じりに目を落とすと、縁側でごろりと寝そべっているつっくんがいた。 朝のラジオ体操…

次候*寒蝉鳴(ひぐらしなく)

 そうめんというものは、わりと奥が深いものだと思う。 水が少ないとくっつくし、気をつけないとすぐに吹きこぼれてしまう。すぐに氷水に取って締めるとざっくりザルに盛り付ける。 おしゃれに一口分ずつに小分けなんてしない。百年単位で育ち盛りな居候ど…

初候*涼風至(すづかぜいたる)

 ひゅるりと、冷たいものが頬をなでた気がした。 暁治は思わず足を止めて後ろを振り返ったが、背後には誰もいない。 首を傾げると、またふわりと首筋をなであげられる。ほんのり冷たい風だ。くんっと匂いを嗅ぐと、少し香ばしい匂いがする。どこかで火でも…

末候*大雨時行(たいうときどきにふる)

 その日は朱嶺が珍しく殊勝に『お願い』をしてきた。滅多にないことがあると雪が降るとか槍が降るとか。そんなことを考えたが、持ちかけられた話は暁治にとっても悪いものではなかった。 それは夏の風物詩――花火大会への誘いだ。たまには息抜きも必要だよ…