末候*虹始見(にじはじめてあらわる)

 雨は普段目に見えない水蒸気が、空の上の方の冷たい空気に冷やされて雲になり、さらに粒が大きくなると、雨となって降ってくるんだよ。 小さいころ、田舎の縁側に座って空を眺めていた暁治に、教えてくれたのは祖父だった。 古典文学や逸話だけではなく、…

次候*鴻雁北(こうがんきたへかえる)

 玄関の門の軒下につばめが巣を作った。 いや、巣は元からあったのだが、暁治が気づかなかっただけなのかもしれない。「雀の次はつばめの巣とはなぁ」 新学期が始まって、久しぶりの休み。朝からピィピィ騒がしい声がして、探してみたら巣があったというわ…

初候*玄鳥至玄鳥至(つばめきたる)

「桜の木の下には死体が埋まってるそうですよ」 新学期といえば、すべてが新しく輝く季節だろう。弾んだ声をあちこちで聞きながら、暁治は迎え入れられるように新しい職場の門をくぐった。 まだ少し早い時間、校舎の奥にちらちらと視界を横切る桃色に誘われ…

末候*雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

 この町に来た頃は春と暦で呼ぶのにまだ寒くて、暖かい春はまだかまだかと待ちわびていた。けれど軒下の雀に雛が生まれる頃には散歩をする道にも桜が咲き、庭の桜も満開に近いほど花を広げる。 そうすると人はウキウキとした気分になるもので、春の陽気に誘…

次候*桜始開(さくらはじめてひらく)

 春がすぐそこまで近づいた。うららかな日和で、庭の桜も膨らんだ蕾を綻ばせ始めている。梅の見頃は終わったので次は桜だなと、イーゼルを担いで暁治は庭へ下りた。 そして桜が良く見える場所を探して木の近くをウロウロとし、ピンとくると場所に目印を挿す…

初候*雀始巣(すずめはじめてすくう)

 目が覚めた時、なにやら賑やかな子供の歌声が聞こえてきた。それに気づいて寝床から起き上がった暁治は自室の障子を開いて縁側に出た。ガラス戸の向こうに見えたのは、家の広い庭。 目の前には種植えを終えた花壇と、最近見慣れたご近所さんの似ていない自…

末候*菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

 最初に思ったのは、なんだか懐かしいという思い。 次に思ったのは、どうして仏間に女の子がいるのだろうという疑問。「ぼっこちゃん、久しぶり。元気してた?」 朱嶺の言葉に、ぼっこちゃんはこくりと頷いた。 人見知りするのだろうか、彼女は暁治を横目…

次候*桃始笑(ももはじめてさく)

 この家の玄関入ってすぐの部屋は仏間になっている。納屋の荷物を言われるまま運び入れると、朱嶺は仏間の真ん中に立って辺りを見回した。 暁治は昔からなんとなく、この部屋が苦手だった。奥に仏壇が置いてあって、しんと静まり返っているせいなのもあるの…

初候*蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)

 光陰矢の如しという。 季節の移り変わりはこんな田舎町だと敏感になるのだろうか。都会ではついぞ感じたことのない暁治だったが、今日はぼんやりした陽射しの下で冷たい風が少し温かさを増したのに気づいた。 彼がこの町に来て一ヶ月が過ぎた。 少々建て…

末候*草木萌動(そうもくめばえいずる)

 広い庭には色々なものが植えられている。いまの時期は梅が見頃で、春には桜が咲く。雨季にはあじさいが咲き、夏にはひまわりが花開く。もちろん秋には紅葉も見ることができる。 花壇にはほかにも色んなものが植えられていたが、いまは種を蒔かねばほとんど…