別離19
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 手がかりになりそうなものを手に入れた僕は、ミナトと連絡先を交換して店をあとにすることにした。帰り際にミナトはまたほかになにか情報が入ったら教えてくれると言っていた。

 しかしいなくなってまだ一日と経っていないから、数日もしたら連絡が来るかもしれないよと慰められてしまった。確かに僕は少し焦り過ぎているのかもしれない。しばらくは身を隠すと言っていたくらいだから、連絡がないのにも訳があると思わなければ気に病み過ぎる。

 けれど藤堂のことになると、僕は周りが見えなくなるくらいに取り乱してしまいそうになる。藤堂に依存している――それにはなんとなく気づいていた。
 それがこんな風に自覚症状が現れるなんて、少し自身を改めないといけない。このままの気持ちで一緒にいたら、近い将来きっと藤堂の負担になってしまう。

 藤堂は僕のことを守りたいと思ってくれている。それはわかっているけれど、それに甘えていては駄目だ。お互いが一緒にいることでプラスにならないのならば、一緒にいる意味がないと藤堂に言ったのは僕だ。
 いま僕たちはプラスになれているだろうか。いや、プラスどころかマイナスな気がする。
 これもいい機会だ。これから二人の関係を軌道修正しよう。

「そのためにも会わなくちゃ」

 会って目を見て話をして、僕たちはそれからだ。
 電話はいまも繋がらないけれど、会いたいとメッセージを送った。すぐ会えなくてもいい、藤堂が会ってもいいと思うまで待つから会いたいと伝えた。このメッセージを見るのが今日なのか、明日なのか、もっと先なのかわからないけれど、伝えないより伝えたほうがいいに決まってる。

「西岡先生!」

 携帯電話を上着のポケットにしまったら、通りを挟んだ向こう側から僕を呼ぶ声が聞こえた。
 ミナトの店を出たあと、貴也に駅まで送ってもらった僕は駅前で人を待っていた。時刻は十八時を過ぎた。駅前に立ち五分ほどだろうか、待ち人が現れる。二人は信号が青に変わると横断歩道の上を駆けてきた。

「西やんお待たせ」

「こちらこそわざわざ悪いな」

 僕の前に立ったのは背の高いふわふわな茶色い天然パーマの細目な男子と、小柄な日本人形のようなまっすぐな黒髪が似合う可愛らしい女子。藤堂の幼馴染みでもある三島と片平だ。
 学校が終わった二人とすぐに合流するつもりでいたが、ミナトという思わぬ用事ができてしまったのですれ違いになっていた。ミナトの店にいるあいだ連絡がつかなかったのを心配してくれて、電話をしたらわざわざ家から出てきてくれたのだ。

「ねぇねぇ、弥彦。外は寒いから中に入ろう」

「じゃあ駅のところにカフェあるからそこ行こうか。西やんも行こう」

「ああ」

 二人のあとをついて行き、駅の構内にあるチェーン展開しているカフェに入る。駅前と言うこともあり混んではいたが、広さはあるので席はいくつか空いていた。その中でもほかと少し離れた隅にある席を片平は見つけ出した。
 四人掛けの片側、壁際のソファ席に腰を下ろした片平は「カフェオレ」と言うと、肩掛けの鞄から財布を取り出し小銭を三島に差し出す。

「西やんはなにがいい?」

「え? あ、行くよ」

「いいよ、いいよ。まとめたほうが早いし」

 当たり前のように片平から差し出された小銭を受け取り、三島は僕を振り返った。それに驚いて首を振ったら、至極優しく笑みを返されてしまう。

「先生、座って待ってなよ」

「ああ、うん。じゃあ、ホットコーヒー。砂糖とミルクはなくていい。これで三人分」

 ここで食い下がっても仕方がないので、財布から抜き取った三枚の千円札を三島に差し出した。一瞬目を丸くした三島だったが、すぐに察したのか小さく頷いてお札を受け取った。

「ありがとう、ちょっと待っててね。あっちゃんこれ返すね」

 小銭をテーブルの上に置くと、三島は足早にレジカウンターに向かって行った。待ち列に並んだ三島を見ながら、僕は椅子を引いて片平の向かい側に座る。

「西岡先生から連絡来ないから、どうしたのかなって心配してたのよ」

 テーブルに置かれた小銭をしまうと片平は身を乗り出すようにテーブルに両腕を乗せる。近くなった距離に驚いて身を引けば、からかうような視線で片平は笑みを浮かべた。

「すまなかったな。偶然人に会って」

「優哉の知り合いだったんでしょ? すごい偶然だよね! それでなにかわかった?」

 連絡が取れなかった理由はそれとなくメールで伝えていた。この片平のそわそわとした感じは、ずっとそれが気になって仕方がなかったせいかもしれない。

「んー、確かな情報じゃないんだけど」

「なになに?」

 興味津々な様子で言葉を待つ片平に少しばかり苦笑いを浮かべながら、僕はミナトがメモをしてくれた紙を取り出した。

「えーと、荻野、奈智?」

「藤堂が中学生くらいの頃によく一緒にいた人らしいんだけど」

 テーブルに置いた紙を掴んで目先まで持って行くと、片平はそれをじっと見つめ首を傾げた。そしてそこに書かれた名前を復唱して目を瞬かせる。しばらく待ってみるが、片平は置物のように固まったままだ。
 一番身近だからなにか知っているかもしれないと思っていたが、その反応を見ると知り合いではないのだろうか。そういえば藤堂の中学時代は少し疎遠だったと三島が言っていたような気もする。

「うーん、覚えがあるような、ないような。ねぇ、弥彦! この人知ってる?」

 難しい顔をして顔をしかめた片平はしばらく唸っていたが、トレイを持ち戻ってきた三島に向かい片手を上げてメモ紙を振った。

「えー? どの人?」

「中学の時に優哉が一緒にいた人だって」

 トレイをテーブルに置いた三島は隣の椅子を引いてそこに腰かけると、僕にお茶代のお釣りを返し片平に差し出されたメモ紙を受け取った。
 そしてしばらくそれを見つめたまま、先ほどの片平のように顔をしかめる。けれど長らく考え込んでいた三島だったが、突然「あっ」と小さく声を上げた。

「これ、あの人じゃないかな。優哉の家庭教師してた人。あっちゃんがなっちゃんって呼んでた人で」

「なっちゃん? えーっと、あー、うーん」

「ほら、覚えてない? 背が高くてちょっと見た目が外国人ぽい感じで、格好よくてすごく優しくて、俺たちにもたまに勉強を教えてくれた」

「うーん、待って思い出すから」

 メモ紙をテーブルに置いて指先で叩いた三島に、片平は両手で頭を抱えて身体をよじりながら唸っている。しまいにはテーブルの上に額を乗せ動きを止めてしまった。けれどしばらく経つとテーブルに両手をついて勢いよく顔を上げた。

「あ、思い出した! その人って中学一年の時に家庭教師してて成績よくなったけど、優哉の反抗期がひどくなったから辞めさせられちゃった人だ」

「そうそう、一年だけ家庭教師してた人」

「一年だけ?」

 荻野奈智という人は一年しか藤堂と接点がないのだろうか。しかし夜の街に藤堂を連れ出したのも、その人だとミナトが言っていた。藤堂が明良たちが通う店に顔を出し始めたのは、いつ頃の話なのだろう。

 初めて藤堂と出会った時は深夜だった。あれは中学一年の頃だ。しかし大人びていたけれどまだ少し幼さが残る顔立ちで、夜の店に顔を出すような雰囲気は持っていなかったように思う。
 そう考えるとそれよりあとのような気がする。まだ見えてこない二人の繋がりがひどく気になった。

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