甘やかな花の香りには抗えない
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 三十路にもなって純情かよ、と突っ込みたくなるが、デカい見た目に反した小動物みたいな心臓なんだろう。あたふたとしている姿は実に微笑ましい。こういうタイプって母性本能くすぐられる感じだろうな。
 ずるずるとうどんを啜りながら、まだ耳まで赤くしている小津を生暖かい眼差しで見つめてしまう。

「あ、光喜さん」

「ねぇ、しょうりぃ、いつ帰ってきたの?」

 三人で軽い腹ごしらえをして、冬悟がお茶でもと立ち上がったのと同時か、俺の部屋の戸が開いた。振り向くと寝ぼけた顔をした光喜が立っている。

「なんだ、目が覚めたのか。でもその顔だとまだ酒は抜けてないな」

「飲み過ぎた。頭がぐらんぐらんする」

「小津さんここまでお前を背負ってくれたんだぞ」

「え? あ、そうなの? ごめーん。重かったでしょ。小津さんありがとね」

「ううん、大丈夫だよ。全然重くなかった」

 驚きに目を瞬かせた光喜は小さく首を傾げて小津を見つめた。その視線に小津は少し照れたように頬を染める。理由はなんであれ、好きな人を背負えるのって役得だよな。

「腹は?」

「減ってない。それより喉が渇いた」

 大きなあくびを噛みしめながら、光喜はぺたぺたと裸足でこちらに近づいてきた。そしておもむろに背後から俺の首に腕を絡めてくる。

「光喜さん、これ飲んでください。それと、あんまり気安く笠原さんに触れないでもらえますか」

「つめたっ、……なぁに、鶴橋さんヤキモチ? 大人げなーい」

 人の顔に頬をすり寄せていた光喜に冬悟は冷えたスポーツドリンクを押しつける。いきなり冷たいものを首筋に当てられて光喜は肩を跳ね上げて離れていく。けれどニコニコと笑みを浮かべている冬悟の目が笑ってない。

「ねぇ、最近ちょっと鶴橋さんの独占欲強くなってない?」

「可愛くていいだろう。それより光喜、泊まっていくか?」

「……んー、帰る」

「大丈夫か?」

「まあ、大丈夫だよ。タクシー乗ればすぐだし」

「けどお前、結構ふらふらしてるぞ」

 立っているのもだるいのか、光喜はソファの裏側に背を預けて床に座り込んでいる。そしてペットボトルをグビグビとあっという間に飲み干して、大きなため息をついた。見た感じからしてもかなりしんどいんだろうなというのがわかる。

「送ってやろうか?」

「……やー、いいよ」

「そんなんでほんとにマンションに帰り着くか?」

「んー、じゃあ、小津さん送ってよ。家の方角一緒だしいいよね?」

「え? 僕が?」

「タクシー代は出すよ」

 思いがけない指名に小津はわかりやすいくらいギクシャクとしている。さらにのろのろと立ち上がった光喜が窺うような目線で見つめると、また顔が赤く染まった。

「駄目?」

「あ、いや、駄目じゃない、です。送るよ」

 小首を傾げて甘えた声を出す光喜に、小津はおかしいくらいに背筋をまっすぐにして返事をした。いまからこんなに手のひらの上で転がされている状態でこの人、大丈夫なのかな。
 まあ、光喜は昔からモテる男だから、自分をよく見せる術にも長けてるし仕方がないか。歳は離れているけれど経験値は光喜のほうが高いだろう。

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