これってプロポーズ?
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 あれからしばらく、いつ恋人を紹介してくれるのだと、家族がうるさい。だが彼は忙しい人気の美容師。店での仕事のほかにも、モデルや俳優のヘアアレンジや、メーキャップもしている。
 暇なんて言葉は無縁のように思えた。

 それでもそんな忙しい最中、真澄は以前にも増して、会ってくれるようになった。しかもすぐさまラブホテルへ直行だった頃とは違う。
 会うたびに、色々なところへ連れて行ってくれて、デートを重ねる回数が増えたのだ。

 時にはたった数時間、ということもあったけれど、頻繁に会えることが、幸司は嬉しかった。

「こうちゃんっ」

「あっ、おつかれさま」

 今日も日の暮れた時間に待ち合わせ。ふいに肩を叩かれた幸司は、弾かれるように振り返る。
 そこには相変わらず麗しい彼がいた。

 オーバーサイズのニットカーディガンが可愛く、巻いた髪とマキシ丈のスカートが相まって少女っぽさがある。
 にっこりと笑えば、それだけで幸司は胸が高鳴った。

「お待たせ。寒くなかった?」

「うん、平気」

 伸びてきた手に頬を包まれ、温かさに心がほっこりとした気分になる。思わず表情を緩めれば、それにつられるように彼も笑う。
 近頃は随分と冬めいて寒くなったが、真澄と一緒にいると、そんなことすら忘れる。

「今日はなにを食べに行こうか」

「うーん、そうだな。真澄さんはどんな気分?」

「俺? 俺はね。あっ、お好み焼きとかどう? この近くにおいしい店があるんだよ」

「お好み焼きかぁ。いいね、しばらく食べてない」

 するりと出てきた彼の話し方は、見た目と比べるとちぐはぐだけれど、いまではもうかなり馴染んだ。
 前より少しだけ低音が響いて、声に色気が増したので、ときめいてしまうのだが。

「じゃあ、早速行こうか」

「うん」

 ぱっと手を取られて、ドキンと胸の音が跳ねる。いつものことなのにまだ幸司は慣れない。それに気づいているのか、真澄は楽しげに目を細めた。
 照れたように幸司が笑うと、ぎゅっと強く握られる。

「こうちゃんはお好み焼き、なにが好き?」

「もち明太とか?」

「いいね。俺は豚キムチ」

「辛いの好き?」

「好きだね」

 話が盛り上がり、つい声が大きくなる。そうすると道行く人は、並んで歩いている二人を、必ず振り向く。
 美女とオタク、のような絵面なので、初めはそれが申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになった。

 しかし回数を重ねると順応してくる。いまの幸司は少しばかり得意気に歩いた。とびきり自慢の恋人、それが誇らしく思えるからだ。

「そういえばこうちゃん、いつがいい?」

「なに?」

「写真、撮るって言ってたよね」

「あっ、うん!」

 あの日の約束から、かなり時間が過ぎてしまったので、言った本人が忘れかけていた。その様子に彼はぷっと吹き出すように笑い、可愛い可愛いと腕を絡めてくる。

 すり寄られるたびに、甘い香りが鼻先をかすめ、ドキドキとさせられた。
 ヒールを履いている真澄は、幸司と背丈がほとんど変わらないので、ふわふわの髪が頬に触れて、ますます胸の音が落ち着かない。

 最初は女の人のようだから、気持ちが騒ぐのかと思っていた。けれど彼が男性だと知ってからも、心臓は駆け足をする。
 綺麗な人に弱い。単純に考えればそうなのだが、真澄の見た目、眼差し、仕草、声、どれにも弱いと言える。

 ほかの人であったら緊張するばかりで、こんなドキドキは味わえなかっただろう。ほかでもない彼だからこそ。
 幸司の理想が完璧に具現化した、と言っても過言ではない。

「どうかした? そんなに見つめて。キスして欲しかったとか?」

「えっ、あっ、いや! 真澄さんは、綺麗だなぁって、思って」

「じゃあ、しっかり綺麗に撮ってよ」

「頑張る」

「イメージはある?」

「……あ、あの」

 なにげない問いかけに、幸司は頬を赤くする。あの日のイメージが、いまもまだ残っていた。純白の美しいドレス、それを着て欲しい。
 とはいえひどく願望が丸出しで、恥ずかしくてなかなか言葉にできなかった。

「え? 照れるような格好? もしかして脱いで欲しい? こうちゃんのためなら脱ぐけど?」

「ええっ! ちが、違うよ! えっと、その、……ドレスを」

「なに? なに? ほらほら、遠慮なく大きな声でどうぞ」

「ウ、ウェディング、ドレスを、着てください!」

 真澄があおり立てるものだから、幸司は思わず大きな声をあげてしまった。その響いた声に、周りが驚いたように振り返る。
 自分へ一気に集中した視線に、幸司の顔が真っ赤に染まった。

「それ、なんかまるでプロポーズみたいだね」

「プ、プロポーズっ? あっ、え? ち、ちが」

 からかうような真澄の表情に、頬の火照りが増す。慌てて否定をしようとするけれど、彼はそっと人差し指を口元に押し当ててくる。
 驚きに目を瞬かせれば、至極楽しげに笑った。

 二人のあいだに沈黙が続き、どう反応して良いのかわからない。そうしているあいだに周りから、プロポーズだって、そんな囁きが聞こえてくる。

「こうちゃんのお望みとあらば、喜んでウェディングドレス、着させてもらうよ」

 小さな種火に強火力。ふんわり笑った彼がふいに近づき、ちゅっと、小さく唇にキスをしてきた。
 その瞬間、周りがわっと湧いて、おめでとう、なんて声がかけられる。いきなりの祝福モードに、幸司は頭が追いつかなくなった。

「まずは、婚約指輪でも買いに行こうか」

「ええっ、も、もう……恥ずかしいから、やめてよ」

「可愛い。でも可愛いこうちゃんは、俺のだから……よし、逃げるぞ!」

「わっ」

 シュンシュンと、湯気が立ちそうなほど赤くなった幸司の、手を引いた真澄は人混みをすり抜けるよう駆け出す。
 背中にはまだ視線を感じたが、夜の街を二人で走り抜けると、目の前にいる彼しか目に映らなくなる。

 風になびく赤茶色い髪が、ふわふわと跳ねて、真澄の奔放さを表しているように見えた。

「ま、真澄さ、んっ、待って……待って」

「ん? ちょっと、こうちゃん運動不足すぎだよ」

 しばらく真澄に見とれていたが、次第に息が上がり始める。普段こんなに走ることは滅多に、いやまったくない。
 限界を感じて幸司が足を止めれば、振り向いた彼に笑われた。

「大丈夫? もうちょっと体力をつけようか」

「昔から、運動は苦手で」

「んー、そうだな。あっ、いい方法がある」

「なに?」

 背中をさすってくれていた彼が、ふいに悪戯めいた表情をして、顔を寄せてくる。首をひねると内緒話をするように、耳元へ囁きかけられた。

「えっちの回数、増やそうか」

「へ?」

「いい運動、だと思わない?」

「ええーっ!」

「よーし、今日は食後の運動するぞ!」

 先ほどの比ではないほど、幸司は顔が熱くなる。それなのに恋人は楽しげに、意気揚々と拳を突き上げた。
 確かに付き合いを始めてから、デートに時間を割くようになったので、する回数は随分減った。しかしその分だけ一回が濃厚になっている。

 あれの回数を増やすのかと思えば、いまにも腰が抜けそうだ。
 嫌、なのではなく――気持ちが良過ぎて、超えてはいけないリミットが、振り切れそうで心配なのである。

「こうちゃん、行くよ!」

 幸司の気持ちを知ってか知らずか、両手で腕を引っ張る彼は実にいい笑顔だった。

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