83.この恋を抱きしめて
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 眠っているあいだの光喜は夢うつつで、楽しげな笑い声や話し声を聞いていた。勝利の笑い声、そういえばあの頃は辛かったなと思い出しながら口元に笑みを浮かべる。そして小津に初めて会った時、いま思えばなぜ視線が吸い寄せられたのだろうと思う。
 人より背が高くて身体が大きかった、と言うのもあるが、もしかしたら運命の赤い糸がたぐり寄せたのかもしれない。それがお前の運命の相手だよ、と。

「光喜くん、駅に着くよ、起きて」

「……うん、ごめん」

 肩を揺すられ頭を撫でられると、光喜は目をこすりながら身体を起こす。ふわぁと大きくあくびをすると目尻に涙が浮かんだ。猫が伸びをするかのようなその様子に小津は愛おしそうに目を細めた。

「ほら、立てる?」

「うん」

「光喜、また時間ある時に飲みに行こう。最近ご無沙汰だしな」

「あ、行きたい。この頃、四人で集まってないよね」

「またうちにも遊びに来てください」

「ありがと、今度二人で行くね。あ、じゃあ、またね」

 駅がホームに滑り込むと光喜はひらひらと勝利たちに手を振った。それに勝利は手を振り返し、鶴橋はやんわりと微笑んだ。先を行く背中を追いかけると視線が合う。優しい小津の笑みに光喜は頬を染めながらはにかむ。

「あ、光喜くん。まだ飲む? ビールの買い置きもうあんまりないんだけど」

「んー、いや、いいや。今日はなんかいっぱい飲んだ感じがする」

「そう?」

「うん、なんか楽しかったから、いつもよりいい気分」

「そっか」

 満足げな顔をした光喜は隣にある手にそっと手を伸ばす。そしてふいに空を見上げた。夜の闇が訪れた空は微かな星の光と、真っ白な月が浮かんでいる。それを見た光喜は指さすように手を上げた。

「あ、月がまん丸だ」

「ほんとだね」

「月を見上げるとね、いつも小津さんがいるんだよ」

「え?」

「もう自分を繕えなくなった時、胸が苦しくて仕方なかった時、会いたくて切なくて仕方なかった時。色んな場面で小津さんは俺の傍に来てくれるんだ。んふふ、不思議だよね」

「……もう、光喜くんにそんな想いはさせないから」

 肩にすり寄った光喜に足を止めた小津はまっすぐな視線を向けてくる。その眼差しに目線を上げると、優しく頬を撫でられた。そして引き寄せられて唇に甘いキスをくれる。
 二人の想いが通じた日、小津は教えてくれた。光喜が逃げ出したあの日、元彼の和美に光喜のことが好きだから気持ちには応えられないと告げたこと、もう思い出はすべて捨てたということ。これから先は光喜がいてくれたらそれだけでいいと言ってくれた。
 優しいこの人に、思い出と笑顔を捨てさせたことに心苦しくはなったけれど、光喜の心に浮かんだ感情は喜びだった。もう自分以外はいらないと言われて、胸が甘く高鳴ってしまった。

「大丈夫、小津さんがいてくれるから、もう大丈夫だよ」

 これから先、またすれ違いをしたり喧嘩をしたりするかもしれない。それでも胸にあるスイッチはもう音を立てることはないだろう。もしかしたらそのスイッチすらなくなったのかもしれない。いまは胸に染み込む甘い蜂蜜で心はとろかされている。
 愛に溺れる、まさしくそんな感じ。けれど二人でトロトロとした想いに絡め取られるのもいい気分だ。想いに沈み込んでしまいたい。

「俺、いますごく幸せだよ」

「僕もだよ。光喜くんがいてくれて、僕は世界一の幸せ者だ」

「小津さんってば、大げさなんだから」

「そんなことないよ。一目見た時から、光喜くんから目を離せなかったんだ。赤い糸にたぐり寄せられたのかな」

 目を見開く光喜の額に恭しくキスをして、そっと小津は小指を絡ませる。結んだ指を持ち上げてひどく幸せそうに笑う、その笑みに光喜は涙を浮かび上がらせた。同じことを感じていてくれたことが嬉しかった。

「僕はどうしても光喜くんを泣かせちゃうね」

「いいの、これは嬉し泣きだから」

「光喜くん、好きだよ。これからも傍にいてね」

「俺も好き、大好き、……愛してる。俺を離さないでね」

「うん、約束するよ」

 出会った日のことは絶対に忘れない。離れて行ってしまった日のこともきっと忘れられないけれど、震えながら好きだと言ってくれた日のことは一生忘れない。固く結ばれた赤い糸、解けないようにしっかりと抱きしめていて。もうこれ以上の運命はないと思うから。何度季節が巡ってもどうか変わらず傍にいて。
 真白き月の光が注ぐ道で、二人はきつく抱きしめ合った。

My Dear Bear/end

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