04.君の優しさ
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 二人のマイペースさに不安を覚えていたが予感は的中した。光喜のことを知っていたのでさらに面倒な展開になったとも言える。兄、息子の恋人、と言う前に芸能人に出会えたことの感動が大きいようだ。
 しかし彼はもうその仕事から卒業しているから、騒ぎ立てたりはしないよう告げるとあからさまに残念な顔をされた。そんな二人の反応に光喜は困ったように笑っていた。

「お母さんと妹さんはちっちゃくて可愛いね」

「それは本人たちには言わなくていいよ。調子に乗ってまた騒ぎ出すから」

「小動物みたいで、なでなでしてあげたくなる」

「僕は光喜くんのほうが可愛いけどね」

「……そういうの、ずるい」

 ふわふわと笑っていた顔が急に眉尻を下げた可愛い表情に変わる。ほんのり染まった頬を隠すように俯きながら指先で腕を突いてくる、それがまたひどく可愛かった。ぐりぐりと指先を押しつけてくる光喜に小津は目を細めてやんわりと笑う。

「はいはい、お待たせしました」

 しばらく照れて視線をさ迷わせる恋人を見つめていたが、ふいに甘い空気にのんびりとした声が割り入った。大きなお盆を持ってやって来た敦子は、ソファに座る二人を見て笑みを浮かべながら手にしていたものをテーブルに置く。
 お盆の上にはフルーツがたっぷり乗ったタルト。すでに切り分けてあるそれを皿に移して目の前に並べてくれる。

「ぶどうといちじくと洋梨のタルトよ。光喜くん、嫌いじゃないかしら?」

「あ、はい。どれも好きです」

「それは良かったわ。うちはコーヒー好きばかりで紅茶がなかったんだけど」

「俺もコーヒーのほうが好きなので、大丈夫です」

「はーい、挽き立て淹れ立てコーヒーでーす」

 敦子のあとからやって来た希美が飲み物を運んできた。それをテーブルに並べると手伝いは済んだとばかりに正面のソファに腰を下ろし、皿に載ったケーキとコーヒーに向かい携帯電話を構える。カシャカシャと写真を撮ると今度は画面に夢中になっていた。

「さあさ、召し上がれ」

 にんまりと笑った母親に小さく会釈をするが、四人分しかないケーキと飲み物にふいに光喜は後ろを振り返る。視線を向けるとちょうど敦子が残った一皿とコーヒーを、和室で本を読んでいる高道の元へ持っていくところだった。

「気にしなくても大丈夫だよ。あの人はいつもあんな感じだから」

「そうなんだ」

「ある意味みんなマイペースかもしれない」

「でも小津さんはあんまりそういうところないよね?」

「んー、どうだろう。自分ではあまりわからないけど、のんびりすぎる点ではマイペースなのかもしれないね」

 首を傾げた小津は小さく唸る。いつも恋人に、人と時間軸がずれているんじゃないか、みたいなことを言われる。自営業で自分時間を過ごしているせいか余計に言われることが多かった。
 けれど光喜にそんな風に言われたことは一度もない。それどころか仕事をしているあいだは特に文句を言うこともなく、黙って一階や寝室で終わるのを待っていてくれる。なに気ないことだが、それを思うと彼の大らかさと優しさを感じる。

「光喜くんは、優しいよね」

「えー、小津さんのほうがよっぽど優しいと思うよ」

 なぜか吹き出すように笑った光喜はまた花がほころぶような笑みを小津に向ける。それに思わず見とれていると、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。その先へ視線を向ければ、希美がニヤリと口元を緩めて見つめてくる。

「お兄ちゃんてぇ、優しいんだぁ」

「……希美、なに、その含みのある言い方は」

「んふふ、だってお兄ちゃんて、わりとぼーっとしてて周りが結構心配する感じだったじゃない? いつの間に気が利く紳士になったの?」

 からかうような希美の言葉に、言い返すものが見つからずに小津は眉間にしわを寄せる。けれどそんな反応に隣の光喜は不思議そうな顔をした。そして目を瞬かせてふわっと笑う。

「小津さんってぼんやりさんだったの?」

「そうなの! お兄ちゃんってうっかりぼんやりのんびりの三拍子!」

「あー、でもいまもその片鱗はありそうだね」

「……光喜くんまで」

 ケラケラと笑う妹とゆるりと口の端を持ち上げた恋人に、ぐっと言葉が詰まる。暑くもないのに汗を掻いたような気分で、小津は肩を落として息をついた。
 彼に想いを告げることになった経緯も「うっかりぼんやりのんびり」の三拍子だ。自分があまり頭の回るタイプではないことは小津自身もわかってはいたけれど、そう考えるとひどく残念な男だと思える。

「あらぁ、楽しそうね。あ、ケーキはどう?」

「あ、いただきます」

 和室から戻ってきた敦子が希美の隣に腰を下ろした。それに気づいた光喜は皿を持ち上げる。そして器用にさっくりとタルトをフォークの先で切り分けるとそれを口に運んだ。するとその瞬間、目をパチパチとさせて小津の顔を見つめてくる。

「すごいおいしい! お店で出てくるケーキみたい! カスタードクリームが甘すぎなくて優しくて」

「だって、良かったね」

 ぱあっと華やいだ光喜の顔に敦子も至極嬉しそうに頬を緩める。そこで感想言うべき相手を間違えたと思ったのか、じっと小津を見ていた視線が慌てた様子で前を向く。

「あっ、すみません。あの、本当においしいです!」

「いいのよ、光喜くんに喜んでもらえるならおばさん嬉しいわぁ。でもまさかねぇ、あんたみたいなぼんやりしたおじさんに、こんな可愛い恋人ができるなんて」

 今度も予想に漏れず想像した通りの言葉が投げかけられた。それに小津は少しぎこちない表情で笑みを返した。

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