05.お待ちかねのご対面
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 リビングに賑やかな笑い声が響く。その声は主に希美と敦子で、その勢いには少しばかり驚かされる。どこでどうやって知り合ったのか、いつから付き合ってるのか、などと言うことを根掘り葉掘り聞かれてさすがに苦笑いしか浮かばないが、女性陣の興味は尽きないようだった。けれど昔から、嫌でなければ連れてきてくれたら嬉しい、そう母親は言っていた。

 初めて恋人を連れてきたことで気持ちが浮き上がっているのかもしれない。これまで付き合ってきた相手にも、もし良ければと声をかけてきた。しかし気疲れしそうで嫌だ、と言われるのがほとんどで、小津自身もようやく紹介できてほっとする気持ちがある。
 けれど光喜も二つ返事で、と言うわけでもなかった。自分の母親にあまり受け入れてもらえていないと言っていたので、おそらくそういう面での不安を感じていたのだろう。それでも彼は小津の気持ちを尊重してくれた。

「そろそろ、うちの子たち紹介するわね」

 質問タイムが一通り終わり皿やカップが空になると、それを片付けた敦子が庭に面した窓を開けた。芝生敷きになった庭は青々としている。正面のところにはカーポートの裏手にある工房、そのさらに裏手にある場所に彼女は足を向けた。
 そこは白い柵で囲われていて、愛犬たちの運動場になっている。柵の門扉を開けたのか、すぐさま尻尾をぶんぶんと振った三頭のゴールデンレトリバーが顔を見せた。彼らは部屋に飛び込んでくることはなく、窓のところでウロウロとして遊びに誘ってくる。

「……か、可愛い」

 愛嬌のある犬たちを目に留めた途端に隣にいる光喜の目が輝き出した。頬を染めて見つめる姿は少年のような無邪気さがある。うずうずとした雰囲気に笑みをこぼすと、小津は促すようにソファから立ち上がった。

「おいで、触りたいよね?」

「う、うん! 触りたい!」

 窓際に行くと、初めて見る光喜に興味津々な表情を浮かべて犬たちが近づいてくる。一頭がサッシに前足をかけて、体勢を低くしてパタパタと長い尻尾を揺らす。そして撫でて欲しいと頭を低くする。

「さ、触っても平気?」

「うん、大丈夫だよ。そのゴールドの子は凛太郎」

「凛太郎、可愛い。初めまして」

 そわそわしながら床にしゃがんだ光喜に頷いてみせると、彼は恐る恐ると言ったように手を伸ばした。見ているだけでもわかるほど優しく額を撫で、子供をあやすように頭をそっと撫でる。
 するとそれだけではまだ足りない、と言いたげに凛太郎は光喜の手に頭をこすりつけた。それに目を瞬かせて笑うと、今度は少し強く頭や首筋、耳の裏を両手で撫で始める。長い毛足に感動しているのか、可愛い恋人は唇を緩ませじっと丸い瞳を見つめていた。

「茶太もおいで」

 尻尾を振り回している凛太郎の後ろで、順番待ちをしているかのようにこちらを見つめているもう一頭。赤茶色い毛のその子は小津が膝をついて身を屈めると、嬉しそうに近づいてくる。

「この二頭は兄弟で、今年四歳だったかな。一番控えめな、母さんの傍にいるクリーム色の子がシロウ。今年で七歳」

「綺麗な色だね、初めて見る」

「うん、こっちはアメリカンゴールデンレトリバー。シロウはイングリッシュゴールデンレトリバー。この二頭に比べると鼻先が短くて毛足も短めなのが特徴なんだ」

 庭に立つ敦子の足元でくるくる回っていたシロウは、自分の名前が呼ばれたことに気づいたのか耳をピクンと持ち上げる。そして視線に応えるように尻尾を振った。

「あれ? そういえば、小津さん前に四頭って言ってなかった?」

「うん、実は夏前に一番年上の福丸が老衰で」

「……あ、そうなんだ」

 ふいにしょぼんと気を落としてしまった光喜に、目を細めて小津は優しく頭を撫でる。しばらくそうしていると凛太郎もその雰囲気を感じ取ったのか、前足を彼の膝に乗せてべろりと頬を舐めた。

「んふふ、くすぐったいよ」

 鼻先を寄せてぺろぺろと舐めてくる凛太郎に光喜はふっと息を吐くように笑った。するとそれを見ていた茶太まで彼に近づいていく。二頭にぐいぐいと迫られて、いまにもひっくり返りそうになりながら光喜は声を上げて笑う。

「よーし、一緒に遊ぼっか!」

 すっかり凛太郎と茶太に懐かれた光喜は彼らの一直線な愛情を身体で受け止めていた。元々ゴールデンレトリバーは人なつっこい犬ではあるが、人見知りがちなシロウまでいつの間にか光喜の後ろをついて回っている。
 庭に下りてかけっこをしたり、ボール投げをしたりしている姿をのんびり眺めていると、ふいに小津は背後に気配を感じた。

「みーつーきーくん!」

「ん?」

 気配を感じて振り返った小津と名前を呼ばれて立ち止まった光喜は二人して首を傾げる。そこには満面の笑みの希美がいて、彼女の手には白っぽいゴールドの子犬がいた。まんまるな黒い瞳ところっとしたフォルム。

「二代目福丸、生まれて六十一日目です!」

「あ、もう来たんだ」

「うん、そうなの! ついこのあいだ。光喜くんグッドタイミング!」

 前の福丸が亡くなったあとに寂しいからまた次の子を迎えると敦子が話していた。ブリーダーに声をかけて待っていると言っていたのは二ヶ月くらい前だったか。隣に座った希美から小さな福丸を手渡されて、小津はその子を膝の上に下ろした。
 そっと身体を撫でてやると、寝て起きたばかりなのか小さな口を開けてあくびをする。その仕草に小津の口元が緩んだ。

「光喜くん、おいで」

 足を止めたまま動かない恋人に視線を向ければ、なんとも言えないキラキラとした目をしていた。そんな顔を見上げた三頭はパタパタと尻尾を揺らしながら彼が動き出すのを待っている。
 しかしキューンと福丸が鳴き声を上げると、三頭プラス一人は足早に彼の元に近づいてきた。

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