14.心の中で膨らんでいく気持ち
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 頬に触れただけで茹で上げられたように首まで赤く染まるその反応は、まるで思春期の少年のようだ。けれどなぜかその青さが小津らしいと光喜は感じた。見たままの穏やかさと誠実さはひたすらまっすぐで、嘘や誤魔化しがない。

 いつも作り笑いを浮かべる光喜とは真逆の人。歳と共に社交性を身につけたけれど、元は人見知りの引っ込み思案。見た目の派手さとざっくりとした大雑把な性格で誰もそのことに気づかないが、そのうちボロが出るんじゃないかと貼り付けた笑みを浮かべるたびに光喜は思っていた。
 けれどいまはその仮面もなりを潜める。無理に笑わなくても、純情過ぎるほど純情な彼を見ているだけで自然と笑みが浮かんだ。

「ぐ、具合、大丈夫?」

「平気、かなり落ち着いた。あ、でもせっかくだから、小津さんの寝室を見学しまーす!」

「あ、うん。じゃあ、こっち」

 そっと手を離すと小津はロボットみたいにギクシャクとしながら、開け放したままだった扉の向こうへ光喜を促す。大きな背中について行けば、ほんのり灯った明かりが寝室を照らしていた。
 部屋には大きなキングサイズのベッドと壁面いっぱいの本棚。天井まである棚にはびっしりと本が詰まっている。

「小津さんって本を読む人なんだね。すごい数」

「ああ、うん。時間が空くとよく読んでる。でも息抜きするつもりで読み始めてどっぷり読み込んじゃうこともよくあって」

「へぇ、なんかでも想像できる」

「適当に見てもいいよ。そうだ、ずっとビール飲んでたし喉渇かない? 水とかコーヒーを持ってこようか?」

 本の背を光喜が指先で追っていると、ふいに小津が横顔をのぞき込んでくる。その気配に気づいて振り向くと、視線が数センチ先でぶつかって、自分から近づいてきたはずの小津が顔を赤くさせた。けれどその反応に光喜はやんわりと微笑んだ。

「うん、コーヒーが欲しいかも」

「わかった。じゃ、じゃあ、待ってて」

 頭から湯気が出そうなほどの染まり具合にますます光喜の笑みが深くなる。そしてさらにおかしいくらいのぎこちなさで踵を返す小津に声を上げて笑った。慌ただしく階段を下りていった足音が聞こえなくなっても、しばらく笑いが収まらない。

「小津さん可愛い」

 思わず大笑いしそうになって光喜は口元を手のひらで覆う。あんなに沈んでいた気持ちが嘘のように浮き上がる。ここ最近の乱れた感情から見るといまが一番穏やかだ。このまま小津に寄りかかるのもいいのかもしれない、そんな考えがふっと浮かんでくる。

「ん、これなんだ?」

 本のタイトルをずっと追っていると、少し上のほうで本とは違うものが指先に引っかかる。薄っぺらい小冊子のようなそれを本の隙間から引っ張り出せば、その拍子にひらりとなにかがこぼれ落ちた。足元に落ちたそれは白い四角の紙。けれど見た感じから写真だろうと言うことはわかった。
 ゆっくりと身を屈めて、指先で拾い上げたそれを表にひっくり返す。その瞬間、ふんわりと膨れ上がっていた気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。

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