39.二つの思いがけない反応
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 生き方も不器用で、恋をするのも下手くそで、いいところなんてさっぱり見つからない。あの人に見透かされそうで怖いと思うのは、そんな自分を知られて離れて行ってしまうことが怖いからだ。好きだから、好きだからこそ自分の内側を光喜は見られたくない。
 あの時、瑠衣がもの言いたげな目で見ていたのはそれに気づいたからだろう。思っている以上にその人が好きなんじゃないか、きっとそう思ったのだ。

「光喜はいまなんか悩みでもあるの?」

「え?」

「なぁんか、憂いのある表情だったよ」

 撮影が終わり、モニターに向かって撮り終えた写真を確認していた渉は、目を瞬かせて立ち止まった光喜にゆるりと口の端を持ち上げて笑う。そして身動きできずにいる光喜を振り返って小さく首を傾げた。

「……あ、うん。ちょっと気がかりなことがあって」

「どんな?」

「なんて言うか、目に見える好意をもらってるのに、それが上手く飲み込めなくて。なんだか疑ってばかりで、すごく苦しいんだよね」

「ふぅん。その人はちゃんと言葉をくれないんだ」

「うん」

「でも光喜からは怖くて聞けない、ってところかな。君はものを欲しがれない子だもんね。んー、でも恋愛ごとに関しては俺もあんまり得意じゃないんだよねぇ」

「じゃあ僕に任せてよ!」

 困ったように渉が目を伏せると、どこから現れたのかタイミングを見計らったように晴が割り込んでくる。それに光喜が肩を跳ね上げれば、にんまりと企みを含んだような笑みを浮かべた。その顔に渉は呆れたように息をつく。

「晴も純愛にはほど遠いと思うけど?」

「えー、大丈夫だよぉ。百戦練磨だからね!」

「食い散らかしてるの間違いじゃないの?」

「んーんー、聞こえませーん。僕は清純が売りです」

「よく言うよ、腹黒天使が」

「ひっどーい! 僕は純白天使ですぅ」

 二人のやり取りをぼんやりと見ていた光喜はふっと笑みをこぼす。悩み過ぎているのがひどく馬鹿みたいに思えた。知りたいのならもっと歩み寄ればいいだけだ。少し力み過ぎていたことに気づいて、深呼吸するように長く息を吐き出した。

「で、で、光喜のハニーちゃんはどんな子なわけ?」

「えーと、たとえるなら」

「たとえるなら?」

「森のクマさん、かな」

「……え? 森の、クマさん?」

 ぽつりと呟いた光喜に晴も渉も訝しげな顔をして固まったが、しばらくして顔を見合わせる。そして目線で会話をすると振り返って同時に言葉を発した。

「えっ! そっちっ?」

 ほんの少し裏返った二人の声に言わんとすることがわかって光喜は苦笑いを浮かべる。その表情に渉は笑いをかみ殺し、晴は口をぽかんと開いた。

「えー、ちょっと待って、ハニーじゃなくてダーリンなの?」

 ふいに周りに気を使って声を落とした晴はひどく難しい顔をして光喜を見つめる。しかしいままで女の子としか付き合っていない人間の、相手が男だと聞けばそんな反応になるのも仕方ないことだ。けれど晴ならもっと面白がると思っていたので光喜としては少し意外だった。

「へぇ、光喜がねぇ。ちょっとびっくりだね」

「……その割には渉さんそこまで驚いてる風でもないけど」

「えー、これでもかなり驚いてるけど」

「すごく普通に見えるよ」

「やだなぁ、ほんとだってば」

 首を傾げた光喜に渉は楽しげに笑いながら背中をバシバシと叩いてくる。その勢いに目を丸くすればやんわりと優しく微笑まれた。

「別にいいと思うよ。男でも女でも。本気で好きならさ。恥ずかしいことじゃないよ」

「……うん」

 瑠衣にまっすぐと受け入れてもらった時も心が救われたような気持ちになったけれど、いまもそれと同じ感情が光喜の胸の中に広がる。大丈夫、そう言われたような気になって、また少し前を向けた気がした。

「わかった、わかったよ光喜!」

「なにがわかったの?」

「この晴さまに任せなさい! きっちりレクチャーしてあげる!」

「いや、ちょっと、なんか嫌な予感しかしないんだけど」

「そうと決まったら善は急げだ! 帰るよ!」

 ずっと固まっていた晴はいきなり息を吹き返すとおもむろに光喜の腕を掴んだ。そして有無を言わせぬ調子で歩き出す。それに渉は声を上げて笑い、ひらひらと手を振ってくる。

「え? 渉さん!」

「またそのうち話を聞かせてよ。期待してる」

 慌てふためく光喜にぱちんと片目を瞑った渉は「頑張ってね」とやけに面白がっていた。ずるずると引きずられながら光喜の口からはひどく重たいため気が出た。

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