02.Non Sugar?
優哉は普段、こちらがいくら粉をかけてもなかなかその気にならない。そっちに関して淡白なのかと言えば、案外そうでもないような気はするのだが、反応がわかりにくくて仕方ない。
でも――そんなつれない男が今日は珍しいくらい、まったく抵抗を示さない。
「今日は随分と素直なんだな。なんか気持ち悪い」
「不満なら退け」
「んなわけないだろ。毎日こうなら俺は大歓迎だ」
眉をひそめた優哉の身体を強くベッドへ押しつけて、再び唇を合わせるとふいに腰を掴まれ抱き寄せられた。
「なんだ? なんでいきなりそんな積極的なんだよ。明日、雪が降りそうだな」
あまりにも予想外な行動に、思わず肩が大袈裟なくらい跳ね上がる。これは近頃の暖かい春の陽気の中で、豪雪になりそうなくらいに珍しいことだ。
「大歓迎なんだろ」
「確かにそうは言ったけどな」
いつもなら押して押して押した末に、やっとスイッチが入るような男が、やけに優しい顔をして笑うと逆に恐ろしい。
「……なっ、ちょ、ちょっ、おい優哉っ」
そしてほんの一瞬、油断をした隙に――いつの間にか優哉と俺の位置が逆転していた。あ然としてしまった俺を、見下ろす優哉の口の端がゆるりと持ち上がる。
「なんだ、その嫌な笑い」
「別に」
やけに含みのある笑いがいやらしい。相変わらずデカい猫を飼い慣らしている男だと、たまに見せるこの表情を見るたび思う。
「……あっそ。なぁ、それより久々に良い感じのシチュエーションなんだし、たまにはお前からしろよ」
腹ん中でなにを企んでいるのか知らないが、せっかくのこの場面を利用しないのはもったいない気がした。
ふっと目を細めた優哉の首元へ腕を伸ばせば、引き寄せる俺の力に逆らうことなく、ゆっくりと身体が傾き近づいてくる。
「あんまり俺を放置するなよ」
「相変わらず我がままだな」
ため息混じりに呟かれた言葉が口先に触れる。そして唇に柔らかな感触がして目を閉じれば、ぬめりを帯びた熱いものが深く口内に押し入って来た。
呼吸をするたび漏れる喘ぎを飲み込むが、そのたびに舌先を吸われてくらりとする。
「……ん、ふっ、んんっ」
鼻から抜ける自分の声がやけに甘ったるく響き、変に興奮してしまう。そしてそれを感じとるのか、ますます俺を追いつめるように与えられるキスが深くなっていく。
「ん、あぁっ、ちょっ。優、哉……もう離せ。苦し、い」
どれだけこうしているのかもはやわからないが、たまらず首に絡めた腕に力を込めると、小さな笑い声が目の前から聞こえてくる。つむった目をほんの少し開けば、優哉は嫌味なくらい綺麗な笑みを浮かべていて、上がる息と共に心拍数がさらに上昇していった。
「普段からこのくらい大人しければ、お前でも少しは可愛く見えるのにな」
息も絶え絶えな俺を見下ろす優哉の目に、いつしか艶のある光が含まれていた。さも楽しそうに細められたそこには、息を荒げ頬を上気させる自分が薄らと映っている。
普段の俺も人のことは言えないが、この男もやはり相当たちが悪い。指先で首筋を撫でられ、情けないくらいヒクリと喉が震えた。
「……触るな!」
こいつがその気になるのは良いが、いいように扱われるのは若干腹が立つ。――とはいえ、息が上がりまくったいまの状態で喧嘩を売っても、まるで勝ち目はないが。
「可愛くないな」
「あ? ちょっ、ぅ、んんっ」
まったく息つく間がないとはこのことだ。不機嫌度を振り切った優哉が眉をひそめた瞬間に、再び唇と口内を貪られて半分意識が飛びかけた。
さっきの文句にキレてはいないようだが、この男にしてはやはり珍しく押しが強い。俺はなにかこいつの余計なスイッチを入れただろうか。
「……死ぬ」
「構えだの、キスしろだの言っておきながら勝手なんだよお前は」
力尽きてベッドに埋もれた俺の後頭部を、優哉はため息と共に無遠慮に叩く。しかし反撃しようにも指先さえいまはぴくりとも動かない。
「お前が、がっつくから悪いんだろ」
しれっとした顔がムカつく。エロからほど遠い顔をしているくせに、スイッチ入った途端に人が変わりやがる。
「峰岸、お前試験はどうするんだ」
「……いまそれかよ」
そしてこの切り替えの早さがさらに腹立たしい。
「俺はそのために来たんだ」
げんなりとした俺の視線をよそに、ベッドサイドに腰掛けた優哉は放って置かれた教科書のページを指先でパラパラと捲っていた。
「じゃあ、俺が勉強して次の試験で十番内に入ったらなにかしてくれんのか」
「……するわけない」
「なんだよ、ケチだな」
予想通りな答えだが、不愉快そうに眉をひそめられて正直ムッとした。
「お前はやらないだけで、真面目にやればそのくらいにはなるんだ。それがわかってて、賭けに乗るほど俺はお人好しじゃない」
「つまんねぇ奴」
テーブルに放られた教科書を視線で追いながら、俺は立ち上がりかけた優哉の背をとっさに掴んでいた。急に後ろへ身体を引かれた優哉は、一瞬だけ眉間にしわを寄せて振り返るが、俺を見るなり肩をすくめて再び傍に腰を下ろす。
「悪かったな。忙しくてほったらかしにしてた」
「全くだ」
そもそもこの俺が学校の試験ごときで人の手を借りるわけがない。それを最初から知っていたのか、いま気づいたのかは知らないが、優哉は俺の髪を梳きながら苦笑いを浮かべた。
「まあ、ここにいることに免じて今日は許してやる」
「それはどうも」
人の部屋で即寝するほど疲れているのに、こうしてわざわざ休みを潰してまでここに来ているということは、それなりに気にはしていたのだろう。
掴んだ背をさらに引けば、身を屈めた優哉の顔が目の前に近づいてきた。
「明日は一日ここにいてやるから大人しくしてろよ」
「安い飴だな」
滅多に言わないこいつの甘い言葉は、やさぐれて刺々しくなっていたものが容易く解れていく。うまいこと飴と鞭を使い分けられている気はするが、仕方ないからほだされてやろう。
やんわりと甘く触れる唇に誘われるよう、俺はゆっくりと目を閉じた。
[Non Sugar?/end]