思わぬ登場人物
大人しく帰ろうと店を出たのは良いが、こんな半端な時間に家へ帰るなんてことがないのですごく変な気分だ。終電が過ぎようとも賑やかなこの辺りは、今まさに盛り上がりはピークな頃合い。
「渉くん今日はどこ行くの?」
「んー、今日はもう帰るの」
ラビットを出て大通りへと足を向ければ、同じ会話を幾度となく繰り返す。腕や身体にまとわりつく彼らをやんわり解くと、皆一様につまらなさそうな顔をしてじゃあまた今度と俺の頬や唇にキスを落としていく。
「また今度の時に、覚えてれば良いけど」
彼らの後ろ姿を見送りながら、俺は思わず首を傾げてしまった。
最近やたらと記憶が曖昧なことが多い。飲み過ぎなのが一番の原因だが、今日のように素面で記憶がないのは我ながら危ない気がする。
「十分寝てエッチした記憶も飛んじゃうのはまずいよなぁ。まあ、今日は思い出したから良いけど」
ただやはり異常に眠りが深いのは確かで、朝起きると一瞬自分がどこにいるかがわからないことが何度もあった。
「意外と疲れてんのかな」
ここ最近は慣れない外部の仕事も増えて来た。自分が思っているより負担になっているのかもしれない。
「ああ、やっぱりちょっと寄って帰ろうかなぁ」
なんとなく湧き上がったフラストレーションに、あと少しでタクシー乗り場が見える、というところで足が止まってしまった。
そして戻るか戻るまいか、右往左往しているとふいに背後から聞き慣れた声がした。
「渉さん」
「ん?」
この場所にそぐわないその声に恐る恐る振り返れば、予想を裏切ることなく彼はそこに立っていた。
「な、なにしてんのこんなところで」
派手な色をしたネオンがちらつくこの場所に、彼はあまりにも不釣り合い過ぎた。驚きと焦りで思わず声が上擦る。けれど彼はそんな俺の心情をよそに、真っ直ぐとこちらへ向かってきた。
「いや、ちょっと渉さんが心配で」
「は? よくわかんないけど。瀬名くんがこんなところにいる方がよっぽど心配だけど」
どう見ても彼はノンケだろうと思うが、間違いなくここら辺の自称お姉さん達が好きそうなタイプだ。漢らしい男に弱いのは乙女心か。おかしなのに捕まって、うっかり未知との遭遇をされても非常にいたたまれない。
「ここがどういうところだか、わかってる?」
「え? ああ、まあ、わかってますよ」
「ほんとに? 変なのに声かけられなかった?」
「変なの? 声はかけられたけど、大丈夫っすよ」
「全然大丈夫じゃないから!」
放って帰りたい。面倒くさいのに関わりたくないのに、こんな調子では心配で仕方がない。俺のせいだとあとで文句を言われても困る。大げさなほど肩を落とすと、身体をタクシー乗り場の方へ向けた。そして訝しげな様子で眉をひそめた瀬名にため息を吐きつつ、俺は彼の腕を掴んだ。
「とりあえず場所変えようか」
「え?」
戸惑っている瀬名を無視してタクシーに手を上げると、開いたドアの向こうに彼を押し込んだ。なにか言いたげな表情は見なかったことにし、更に奥へ押し込む。
「瀬名くん、うちどこ?」
「え、あの」
「ああ、いいや。あとで家まで送るから」
答えを待つのが面倒くさくなり、運転手に自宅近くの駅を告げる。そして車のシートに背を預け、ゆっくりと発進した車の窓から見えるネオンに、俺は何気なく視線を向けた。
「……ん?」
その視線の先に、どこかで見たような横顔を見つけた。
「なんかありました?」
「んー、いや。なんにも」
俺の声に首を傾げた瀬名にゆるりと顔を振り、再び外を見る。しかし曖昧な記憶はその横顔を思い出すことはなかった。