蜜月
茜色の空が広がる夕刻。佐樹はふと空を仰いだ。
吹き抜ける風が心地よくて、自然と目を閉じてしまう。さらさらと髪が風に揺らされ、ひどく気分が良い、そう思うと自然と口元には笑みが浮かんだ。
「佐樹さん、お待たせ」
「あ、うん」
ぼんやり空を眺めていると目の前に立ち止まる人の気配。ゆるりと視線を声がしたほうへ向けると、柔らかな笑みを浮かべる恋人が立っていた。
いつ見ても優しい笑顔だ。彼の笑顔を見ると佐樹はいつも心が浮き立つ。
「用事はもういいのか?」
「はい、もう大丈夫です」
「そっか」
自分の問いかけに頷いた彼を見て、ガードレールにもたれていた身体を起こす。そして佐樹は隣に並んだ。
歩く歩幅はいつもゆっくりだ。少しせっかちな佐樹も、恋人と一緒に歩くようになってからだいぶ落ち着いた。肩を並べてのんびり歩いていると、彼との時間も緩やかに流れるようで安心できる。
だから佐樹にはそれがなによりも幸せだと思えた。
「佐樹さん、今日はなにが食べたい?」
「そうだなぁ、しょうが焼きがいいかな」
たわいない話をしながら隣にある横顔を見上げる。それだけなのに胸が温かくなってしまう。そんな感情を自分の中に見つけるたびに、ああ、彼が好きだなぁと佐樹はしみじみした。
ひと気のない道の途中、そっと手を伸ばして佐樹は隣り合う恋人の指先を握る。少し驚いた顔をして振り返ったが、すぐに彼の手は佐樹の手を握りしめた。
「そろそろ暑くなってきますね」
「今年はどのくらい暑いかな」
「うだる暑さじゃないといいですね」
小さく微笑んだその表情にじわりと佐樹の頬が朱く染まる。そんな表情に気づいているのか、いないのか。優しい笑みを浮かべたまま彼は恋人を見下ろす。そしてその瞳を見つめ返した佐樹の口先に温もりが触れた。
――初夏の夕暮れ時。長く伸びた黒い影が一つに重なっていく。
蜜月/end