02.Over Pace
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 結局僕の言葉は聞き入られることなく、あちこちと峰岸に連れ回された。
 お勧めだという落ち着いた雰囲気のレストランは、彼が言う以上に美味しかった。けれど普段からこの辺りで遊んでいるのか、峰岸の周りにはどこへ行っても人が集まり、囲まれる。そしてやはり僕は人が多いのは否が応でも疲れてしまう。

「大丈夫か? 悪かったな。いつもの調子で引っ張り回した」

 いささかぐったりしながらのらりくらり歩いていたら、俯きまったく前を見ていなかった僕は、ふいに立ち止まった峰岸の胸元に思いきりぶつかった。

「わっ、悪い」

「電池、切れたか?」

「……お前みたいに力があり余ってるわけじゃないんだよ。年寄りは大事にしてくれ」

 苦笑いを浮かべてこちらを見下ろす峰岸に肩をすくめれば、急に身体を抱き寄せられた。

「な、なんだ?」

「充電」

「……されない。逆に消費するから離せ」

 周囲の視線が痛くて急速に力尽きそうだ。
 しかしこちらの訴えはやはり受け入れられることはなく、さらに力のこもった腕に抱きしめられてしまう。先程から耳元近くに当たる息がくすぐったくて仕方がない。

「ケチだな」

「いや、これはケチとは言わないだろ」

 見当違いも良いところな不服に眉をひそめれば、ふいに屈んだ峰岸の唇が眉間辺りに落ちてくる。

「お前には恥じらいってものがないのか」

 周りの反応などお構いなしで、峰岸は本当に行動が自由だ。

「別に恥ずかしいことじゃないから、恥じらいは持ちようがないなぁ」

「お前がなくてもこっちは居たたまれないんだよ」

 思わず肩を跳ね上げて驚きをあらわにしたこちらの反応に、目を細めて峰岸は再び先程と同じ場所へ口づけた。そしてその感触で無意識に寄せてしまった僕の眉間のしわを見ながら、小さく声を上げて笑う。

「気にし過ぎだ。……じゃあ、二人きりなら人目は気にならないか?」

「お前の場合、それは色んな意味で遠慮させてもらう」

「そうか、残念だな」

 本気じゃないとわかっていても、峰岸の調子に巻き込まれてタダで済む気はしない。あからさまに身を捩って引いた僕の態度に、軽く肩をすくめて峰岸は背中に回していた腕を解いた。

「センセは甘いもん食う?」

「……まあ、それなりに」

 本当はかなり好きだけれど、さすがに甘党だと大っぴらには言いにくい。しかしほんの少し口ごもった僕をじっと見つめていた峰岸は、ゆっくりと目を細めふいに口の端を緩めてにやりと笑った。

「じゃあ、この近くに丁度いい店があるから、休憩がてらに糖分補給しに行くか」

「休憩って……まだどこか行くのか?」

「夜には家まで送ってやる」

「え? ちょ、いままだ十五時だぞっ、いつまで遊ぶ気だ」

 予想外の言葉に焦り、上擦った声を上げた僕をよそに、峰岸はまた人の手を握って歩き始める。
 出歩くのが決して嫌いなわけではないが、このアクティブな感覚は非常に慣れなくて戸惑ってしまう。やはり彼は自分とは対極の人間だなと、颯爽と歩く後ろ姿を見ながらしみじみしてしまった。

「そういえば、今日約束していた相手の人は良いのか?」

「ん、ああ。さっき明日に変更するメールはした」

「ふぅん」

 それだけで済ませてしまう峰岸も峰岸だが、それだけで納得出来てしまうのは、やはり相手も慣れているからなのだろうか。しかし呆れはするがこの感覚になんとなく順応してしまう自分。ふと思い返して見れば、峰岸はマイペースで気まぐれなうちの姉にそっくりだ。
 けれど彼は姉とは違い、人への執着は薄そうに感じる。

「峰岸は誰に対してもこんな感じだったりするのか」

「ん?」

 唐突な僕の問いかけに、ほんの少し目を丸くして峰岸は振り返った。

「んー? そうだな、でも……俺は好きな奴には優しいぜ。現にいま、優しくしてるだろ?」

「は?」

「俺は案外一途だけどな」

 一瞬なにを言われたのか良く理解ができず、踏み出す足が止まりかけた。けれど意味深げな視線をこちらへ投げてきた峰岸と目が合えば、急に顔が熱くなる。
 そんな僕の様子に、向けられる視線の光はやんわりとした優しさを含んだ。

「センセのその顔、可愛いな」

「か、からかうな!」

「別にからかってない」

 ふいに峰岸が見せた笑みに、心臓が大きく跳ね上がった。普段の彼からは想像出来ないその表情は、僕を動揺させるには充分過ぎるほどの威力だ。
 それを知ってか知らずか。峰岸は顔を伏せた僕の顔を、ニヤニヤとしながら覗き込もうとする。一瞬でも油断を見せた自分が情けない。

「センセは頑固だけど、意外と甘やかされるの好きだろ?」

「は?」

「案外、自分は淡白だと思ってるかもしれないけど、実は押しに弱くてほだされやすい。センセは甘え下手だから、いつも相手を甘やかして満足したつもりになるんだろうな」

「な、なんの解説だよ」

「けどそういうギャップはかなり良いよなぁ」

 うろたえて思わず顔を持ち上げてしまった僕に、珍しいほど満面な笑みを浮かべて、峰岸は勝手に一人納得した様子を見せる。しかし言われるような甘えとやらは、自分には縁遠いと思った。確かに周りはなんだかんだと人を当てにすることが多いので、甘やかしてはいるかもしれない。けれど普段から一人の時間を過ごすのが好きだし、甘えるという感覚はいままでもあまりない。
 なにをどうしたら僕のことをそう思えるのかが疑問だ。

「納得いかない感じか?」

「見当違いだ」

「センセは自分で自分を良くわかってないな。ほんとは可愛い性格してんのに」

 眉をひそめた僕の表情に、峰岸は小さく肩をすくめた。
 自分のことなど自分が一番わかるのだと、そう思いながらもその言葉が喉の奥に引っかかってしまった。やたらと自信あり気に語られると、急に自身の気持ちが萎れてしまう。

「自分に自信ないんだろ? もったいないな、損してる。……まあでも、俺だけが気づいてるってのもかなり優越感があって良いけどな」

 峰岸の言葉はいつも淀みがなくて、自分の存在が小さいものだと感じてしまう。こうも色んな部分で完璧に近いと、コンプレックスに苛まれそうだ。

「なんでお前はそんなに自信満々なんだよ」

「なんでって、自分を一番信用してるから」

「……ふぅん、やっぱりお前は全然違う生き物に見える」

 そんな台詞は生まれてこの方、言ったことがない。というよりも思ったことさえない。ほんの少しまったく自分とは違うこの男が妬ましく感じた。