スペア01
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 いつの間にか一緒にいるようになって、そしてそれが当たり前のようになってきた頃から、不安にはならないかと周りによく聞かれるようになった。

 気まぐれや間違いだと思いやしないのかと、何度も言われた。しかし不思議と自分は、いままであいつの行動や言動を疑ったことが一度もない。

 それはなぜかと聞かれても、ないものはないのだとしか言いようがなく、それの答えは随分と経ったいまも、変わらないはずだった。

「広海、まだワン公と付き合ってんの? 意外と長くね?」

 カウンターとテーブル数席しかない、さして広くもない小さなバーには、その半数を埋めるほど客の姿が見受けられた。

 そんな手狭な店内で、カウンターの奥二席を占拠してかれこれ二時間ほどか。そのうち間違いなく三十分以上は寝ていた男が、急に思い出したように人の顔を指さした。

「早く終わるとみんな思ってたんだけどなぁ」

「どうせ賭けてたんだろ。お前らの得意ワザだよな」

 肩をすくめ脱色した頭を掻くその仕草に目を細めれば、ニヤニヤと笑って男は、空になった自分の煙草の箱をくしゃりと握り、人の煙草を抜き取る。
 久しぶりに会ったが、驚くほどに能天気で大学の頃から、全く成長がない男だ。

「まぁな、全員別れるって言うから全然賭けになんなかったけどな」

「そりゃ悪かったな」

「マジありえないって、お前ら付き合い始めてどれくらいだよ。大学の頃からだと五年くらい経つんじゃね?」

「どうだろうな」

 この男を含めて五人。大学時代よくつるんでいた奴らがいる。とにかく面白いと思ったことは、なんでも賭け事に発展させる大騒ぎが好きな集団だ。

「だってよ、お前がああいうタイプと上手く行くとは思わないだろ。広海はおしゃべりな奴も束縛する奴も嫌いじゃん」

「……ああ、いまも嫌いだけど」

「そこがまずわかんねぇわ。ワン公はモロそういうタイプだろうが」

「さぁ、なんだっていいだろ」

 顔を歪め、あからさまに理解不能な表情を浮かべる奴に、肩をすくめて俺は財布から抜き取った万札をカウンターに放った。

「帰る、お前もさっさと帰れ。寝過ぎだ阿呆が」

「え? 帰んの? もうちょっとしたらほかの奴らも来るけど」

「あいつらのもうちょっとは二時間はあとだろ。付き合えるか」

 店内の隅に掛けられた時計は、既に二十四時を回っている。この男がほかの奴らに連絡したのは寝入る前の話だ。
 いまだ来る気配がないということは終電か、それを逃してタクシーで駆け込んでくるのだろう。

 いくら明日が休みでも、うわばみに付き合う気にはならない。

「んじゃ、近況変わったら教えろよ。男は無理だけど女は紹介してやるぜ」

「余計なお世話だ」

 さも可笑しそうに笑う顔に目を細め、俺は早々に店をあとにした。
 駅に向かう途中で、見慣れた顔に引き戻されそうになるが、それもぞんざいに払い終電に駆け込んだ。

「しまった。……携帯と鍵、事務所に忘れた」

 ふと自分が手ぶらなことに気が付く。一旦事務所に戻るつもりで出たのがまずかった。
 鞄の中にプライベート用の携帯電話と家の鍵を入れっぱなしだ。財布と仕事用の携帯電話は、常に懐に入れているので気づくのが遅れた。

「余計な時間食ったな」

 一時間程度で帰ると踏んでいたのに、とんだ誤算だ。
 マンションから事務所まで然して離れていないが、これから戻るのは正直面倒くさい。

 携帯も鍵も、なくともそれほど困ることはない。――が、あいつには仕事用の携帯電話を教えていなかった気がする。
 どうりで今日は携帯電話が鳴らないわけだ。

 いや、鳴らないというより持っていないのだから、鳴っていたかどうかさえ分かりようがなかったわけだ。

「俺もあいつの番号こっちに入れてないなそう言えば。まぁさすがにもう帰ってるか」
 
 既に終電の時間。
 電車を降りてから家に電話をかければいい――そんなことを思っていた俺の予想に反して、家の電話はコールするものの誰かが出る気配はなく、しばらく鳴ったあとに留守電に切り替わった。

「なんだ帰ってねぇのかあいつ……飲みに行ったか」

 そういえばあいつも明日は休みだった。
 今朝会った時は飲みに行くとかそんなことは言っていなかったので、もしそうだとすれば今頃、事務所に置きっぱなしの携帯電話は受信と着信が溜まっていることだろう。

「まぁ、いいか。管理人にスペア借りれば」

 急な呼び出しで飲みに行くのは大して珍しいことではない。あいつは昔から付き合いが広くて、知人友人がやたらと多いのだ。
 最近は減ったが、前は休みのたびにどこかしら遊びに行ったり、飲みに行ったりしていた。

 ただその頃は、いまのように一緒に暮らしてはおらず、あいつにも自分の部屋があった。
 同じ家で暮らすようになってから、連絡も取らないまま別行動するのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 お前ら付き合ってどれくらいだよ――

 ふいに先ほどの言葉が頭を過ぎった。しかし思い返してもその答えがよく分からない。
 そもそも付き合う、付き合わないと話をした覚えがなく、さらに考えて見れば、あいつと付き合っているのかどうかもさえ曖昧だ。

「家で飲みなおすか」

 答えのない答えを考えても仕方がない。どうせあいつが帰ってくるのは深夜だろう。そう思い、マンションに向けていた足をコンビニへと方向転換した。

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