その瞳に溺れる06
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 この店とも長い付き合いだ。加賀原の前のマスター、いまのオーナーの頃から世話になっている。一本気な人で、曲がったことやいい加減なことを嫌う、信頼できる人だった。だからその後を継いだ加賀原も、信用していたのだが。

 すまんすまんと謝る目の前の男に、呆れたため息が出る。根が悪い男ではないのを知っているので、酔わせて酒代をむしり取ろうなどと考えてはいないし、ちょっと気を回したくらいの気持ちだったのも想像が容易い。
 だとしても出す酒は、もっと考慮してもらいたかった。かなり強いほうだと自分で言っていたらしいが、それでもあれはないなと思う。ロングアイランド・アイスティー、レディーキラーと呼ばれるカクテルの上位に入る。

「もう次は連れてこない」

「えー! そう言うなよ。たっちゃんすごい和み系で俺すごい癒やされたのに」

「お前を癒やすために連れてきたわけじゃない」

「すごく落ち着く店ですね。また来たいですぅって言ってたぞ」

「気持ち悪い似てない真似はやめろ」

 やたらと身体をくねらせて口真似をする加賀原は、へらへらと笑う。あいつはそんな媚びるようなことはしないと言えば、素直で純粋培養みたいだもんなと笑みを深くした。
 三十分ほどの空白でどれほど距離を詰めたのか、竜也はあれこれと自分の話を加賀原に語っていたようだ。それをいささか不満に思うが、それも客商売の一環だ。

「九竜が連れてくる子だからどんな子かと思えば純白なピュアっ子だし、俺みたいなおじさんにも優しいし、天使ってああいうこの子ことを言うんだろうな。誰にもなびかなかった男が落ちるのはここなんだなって思ったわ」

「それは嫌味か」

「違うって、俺は感動してんの。ようやく九竜にも春が訪れたんだなって。たっちゃん大事にしろよ」

「言われるまでもない」

「前は他人を寄せつけない感じが強かったけどいまはだいぶ和らいだな。たっちゃん効果すごいなぁ。で、肝心の彼、ちょっと遅いな」

 人をからかうことに嬉々としていた加賀原は、ふいに視線を動かした。竜也が席を立ってかれこれ十五分ほどになるが、もしかしたら具合が酷くなって動けなくなっている可能性もある。しかしこちらが席を立とうとすると、すかさず止められた。

「なんだ?」

「いや、俺が見てくるよ」

「なんの必要性があってお前が行くんだ」

「……ああー、いやー、その、それはだな」

 言葉を濁してそわそわとする加賀原は、視線をそらしなにかを言いにくそうにしている。黙って返事を待つが一向に言葉は返ってこず、睨み付けるように見れば大きなため息を吐いた。そしてまたごにょごにょと口先で呟いて、最終的には諦めたように視線を上げる。

「手品野郎が席を立ってる。……って! 喧嘩すんなよ!」

 言葉をすべて聞き終わる前に立ち上がっていた。そしてだからこんなところへ連れてきたくなかったんだ、と苛々とした気分が湧き上がってくる。あいつは本当に自分に無頓着だ。嫌な思いをたくさんしてきたくせに、迂闊すぎる。
 一つの隙も見せるなと、そこまで言うつもりはないが、もう少し自分という人間を理解して欲しい。うぬぼれたりしないやつだというのは、よくわかっている。それでも自分の前で理性をなくす男は、何度も見てきたはずだ。――そう、いまのように。

「ほんとに平気ですっ」

「大丈夫だって、変なことしないから」

「それなら、なにをするつもりなのかを聞きたいな」

「九竜さんっ」

 洗面所の扉を開けば、壁際に追い詰められていた竜也が顔を上げる。その姿を見て腹の底から重たいため息が出た。上気した頬に潤んだ瞳、あらわになった白い首筋と肩、腰に手を回され密着した体勢。迂闊も度が過ぎると笑えもしないな。
 こちらの突然の登場に固まった男は身動きしない。けれど身をよじった竜也が男の腕から抜け出すと、我に返ったのか顔面が蒼白になっていった。とっさに逃げ道を探しているのがわかる、視線の動き。

「何度も連れが世話になったようだな」

「……いっ、いえ、その、いや、あー、困って、いる、ようだった、ので」

「それは処理していくか?」

「とっ、とんでもないっ! 失礼しますっ」

 立ち上がっているのがわかる股間に視線を向けると、不自然に身を屈めて飛び上がるように逃げ出した。走り去っていく足音が聞こえなくなってから、開け放たれた扉を閉めて、音を立てないように鍵をかける。

「竜也」

「ご、ごめんなさい。余計な、心配かけてしまって」

「あんたはほんとに危機感がないな。具合はどうだ。吐き気は?」

「それはないです。ただちょっと目が回って」

「ったく、なんであんなに強いのを飲んだんだ」

「前に飲んだことあって、わりとおいしかった覚えが」

 それは絶対に、飲んだんじゃなくて飲まされたんだ、そう思うけれどまったく気づいていないのであれば、言ったところで無駄だ。これは実害を感じている以外にも、色々とありそうだ。いままでお持ち帰りされなかったのは、不幸中の幸いか。よく無事でいたものだと思う。

「竜也、ここ、どうしたんだ?」

「え? なんですか?」

「ここ、キスマークがついてるぞ」

「えっ!」

 壁にもたれて立っている竜也の首筋を撫でると、大げさなくらい肩が跳ね上がった。そして何度も目を瞬かせて、思考を巡らせるように視線を動かしてから、慌てたように洗面台の鏡に目を向ける。しかしそれだけでは見えなかったのか、慌ただしく鏡に近づいて首筋をさらした。

「こんな痕まで付けられて、ここまで立ち上がらせて、俺が来たのはお邪魔だったか?」

「あっ、こ、これは、違いますっ! そういうのじゃ、なくて、し、自然現象と言うか」

「ここを触らせたってことか」

 鏡に向かう身体を後ろから抱き寄せて下腹部に手を伸ばせば、見る間に顔が赤くなって、耳にまでその熱が移ったのがわかった。鏡越しに見つめると、潤んだ瞳に見つめ返される。ここで行いを叱るのはお門違いだろう。
 本人にその気があったわけではなく、やむを得ない状況だった。しかしあまりにも無防備すぎる部分は目に余る。

「やっ、九竜さんっ、駄目」

「どんな理由であれ無理に迫る男が悪いのは確かだ。それでも今回のはあんたの隙が原因だってことはわかってるだろう」

「九、竜さんっ、だめっ」

「あんたが悪いとは言わない。けど少し自分の身を大事にしてもらいたい」

「き、気をつけます! だ、だか、らっ、……触っちゃ、やです、んっ」

 頭が正常な判断をできない時にこうして仕掛ければ、余計にまともな判断ができなくなる。しかしそれをわかっていても、苛立つ気持ちは収まらない。
 前をくつろげたデニムに手を滑り込ませて、軽く立ち上がっていた熱を扱けば、すぐにそれは芯を持ち手の中で震える。だがその刺激は酔った身体には過ぎるものなのだろう。指先で軽くこねるだけで、足を震わせ洗面台にしがみついた。

「嫌です、こんなとこで」

「俺が来なかったら同じことになっていたと思うぞ。羽目を外すなと言っただろ」

「ごめんなさい」

「……もういい、こっちを向け」

「あっ、……ん」

 俯いた顔を持ち上げて、後ろから覆い被さるように唇を塞げば、閉じた瞳から涙がこぼれた。怖い思いをしたのに、またこんな風に辱められて、不安でならないのだろうと思う。それでも無理矢理にでも、すべてを上書きしたくなる。
 唇を滑らせて首筋を撫でると、薄く色づいたそこに噛みつく。きつく噛みついてきつく痕を残し、他人の欲で濡れた熱を自分の手に吐き出させた。

「く、りゅ、さんっ」

「物足りなくなったのか? またここ、立ち上がってきたぞ」

「だって、九竜さんが、触れるから」

「身体、こっちに向けて掴まっていろ」

「だっ、駄目です! 九竜さん、立ってくださ、……ぁっ」

 身体をひっくり返して向かい合うと、躊躇わず膝をついて、可愛らしく震える熱を喉の奥まで咥え込んだ。しゃぶるたびに声が漏れて、それに自分で気づくと一生懸命に飲み込もうとする。しかしほとんど飲み込みきれずに、甘い声が降ってきた。

「ぁんっ、くりゅ、うさんっ、あっあぁっ、だめっ、……もう、イキそうっ」

 逃げ出そうと引いた腰を鷲掴み押さえ込めば、快感をこらえるように太ももが震える。そしてひっきりなしに甘やかな声が聞こえて、次第に刺激を求めるようにいやらしく腰が揺れ始めた。小さな尻を撫でて、割れ目をなぞるとぶるりと身体を震わせ甘い欲を吐き出した。

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