近づく距離01

 少しずつ傍にいるのが当たり前になっていく。隣にいることがごく自然になると、色んなものが見えてくる。例えば、結構な甘い物好き。いつも飴玉を舐めていたり、食事のあとに一口チョコを食べたりする。
 考えごとをする時はいつもピアスをいじる癖があって、耳についているピアスを一つずつ撫でていた。あくびを噛みしめて涙が溜まる瞳は綺麗な琥珀色。いつもキラキラして宝石みたいに見える。

 少し目が悪くて物を見る時に目を眇めていた。それと一緒に眉間にもしわが寄って、だからいつもしかめっ面。でもふとした時にやんわりと微笑むことがある。そう、いまみたいに僕のつまらない愚痴に付き合ってくれる時とか。

「弟はさ、僕の作るお弁当は茶色くて、おばあちゃんの弁当みたいだって言うんだよ。でもね、母さんが作る弁当は冷凍食品が多いんだ。それに比べたら僕の作ったもののほうがいいと思わない?」

 いつものように僕と怜治くんしかいない食堂の広いテーブル。二人並んで、僕は持参のお弁当、怜治くんは食堂の定食を食べていた。
 食堂は決してこんなに広々テーブルを使えるほど空いているわけではない。後ろを振り返れば混雑した人の姿や声がある。しかしみんな怜治くんのいるテーブルには座りたがらないのだ。

 その原因は、怜治くんの見た目が不良っぽいとか、顔が怖いとか、そういうのもあるのだろうけれど、多分それだけじゃない。怜治くんの実家の家業が少し特殊だからだろう。
 噂を聞く限りでは色々と尾ひれはひれがついている。怜治くんが次期組長になるから、楯突いたやつは実家から報復を受けるとか。怜治くんの家はかなり裏ではあくどいことをしているとか。

 聞いているとちょっと呆れてしまうような内容。信憑性なんてほとんどなさそう。だけどもし僕がいま怜治くんの隣にいなかったら、みんなと同じようにそんなことを思って遠巻きにしていたのかもしれない。
 そう思うといま一緒にいられて良かったなって思う。ほだされているのかなって思うけれど、それでも優しい一面がある怜治くんを知れて僕は嬉しいって思うんだ。

「弟は好き嫌いがそもそも多いんだよね。にんじん嫌いとかさやいんげんは嫌とか。僕の筑前煮が食べられないなんて残念なやつ。って……あっ」

 ぶつくさ文句を連ねる僕をじっと見ていた怜治くんが、ふいに弁当箱の中にあるにんじんを箸先でつまんだ。それに気づいて声を上げた頃には、それは怜治くんの口の中に放り込まれてしまう。

「ごま油とニンニクが利いてる」

「あ、うん。ニンニクが入ってるとおいしいでしょ! あんまり匂わないようにたくさんは入れていないんだけど、ごま油と相性がいいんだ。どう?」

「ああ、うまい」

「良かった! 筑前煮は僕の得意料理なんだよ」

 これをお弁当に入れておけば白いご飯はペロリと平らげられてしまう。ほかにもきんぴらごぼうとか入れると、お昼休みが楽しみになるんだよね。

「もっと食べる? 鶏肉もおいしいよ」

「あんたの食うもんがなくなるだろ」

「んー、じゃあ、怜治くんの唐揚げ一つ頂戴。交換しよう」

 少し困ったような顔をする怜治くんに、僕はお皿の上でゴロゴロ転がる唐揚げを指さした。今日の怜治くんのお昼ご飯は唐揚げ定食。食堂の唐揚げは生姜醤油でからっと揚がっていてすごくおいしい。
 僕はあまりたくさん食べられないから、友達におこぼれをもらって食べたことがある程度だけれど。また食べたいなって思っていたんだ。

「いい?」

「……ん」

「じゃあ、交換」

 弁当箱の筑前煮を怜治くんのお皿に移すと、怜治くんは迷わず一番大きな唐揚げを僕の弁当箱に入れてくれた。僕のはそんなに量がないから分不相応な気がするのだが、怜治くんらしいなと思う。

「あー、おいしいっ! やっぱりここの唐揚げおいしいなぁ」

 弁当箱からはみ出した唐揚げを頬ばると、じゅわりと肉汁が溢れる。プリプリのもも肉に生姜と甘塩っぱい醤油が染みて白いご飯が進む。

「ちはーっす」

「ん? あれ? 悠太くん。今日は遅いね」

 唐揚げ一つで弁当箱を空にした僕は、ふいに聞こえてきた声に顔を上げる。すると向かい側から見慣れた顔が近づいてきた。いつもなら一緒にご飯を食べている、怜治くんのお友達の悠太くんだ。

「宿題を忘れたら説教食らって、昼休み半分も潰れたよ」

「あー、そうなんだ。お疲れさま」

「広志先輩、優しいっすね。あ、怜治これサンキュー」

 昼休みが半分しかないと言いながらも、トレイに載ったご飯はいつも通りのてんこ盛り。そんなに体格がいいわけじゃないのに、その身体のどこに消えるんだろう。
 しかしそんなことを思っていたけれど、教科書を怜治くんに差し出した悠太くんにふと疑問が湧いた。

「あれ? 怜治くんと悠太くんってクラスメイトとかじゃないの? いつから友達なの?」

「ん、怜治とは中学からだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「なにか知りたいことがあればいつでも聞いて」

 向かい側の椅子を引きながらどっかりそこに腰かけた悠太くんは、箸先をくるりと杖のように回しながらにっこりと笑う。

「好きな食べ物、好きな飲み物。興味あることとか、怜治の歴代彼女とか」

「いや、最後のはいらないかな」

 怜治くんの好きな物か。興味はあるな。いつも僕のことばかりで怜治くんは自分のこと語ったりしないし、知らないことのほうが多いんだよね。もっと教えてくれてもいいのに、こんなに毎日一緒にいるんだからちょっとくらい。

「怜治くんのことってオオクラさんしか知らないなぁ。あ、そういえば元気にしてる? 最近は全然会ってない」

 だいぶ外が寒くなってきたから僕も外でご飯を食べたりすることがなくなった。なので自然とオオクラさんに会う機会も減っている。我関せずな顔して黙々とご飯を食べている怜治くんの顔を下から覗いたら、驚きに目を瞬かせた。

「怜治くん?」

 じっと僕の目を見つめていた怜治くんだったけれど、ふいに箸を置いて制服のポケットに手を突っ込むと携帯電話を取り出す。そしてちょっと指先で操作してから画面をこちらに向けてくる。
 目の前に突き出された携帯電話に映し出されたのは相変わらずの美猫。真っ黒い毛並みに金とブルーの瞳をしたオオクラさんだ。どうやら待ち受けになっているらしい。

「ん? ちょっと待って」

 可愛いオオクラさんが映っているのは別段おかしくはない。おかしくはないが、それと一緒に映っているのはなんだ? 写真フレームに収まったそれはどう見ても。

「なんで僕の写真が飾ってあるの!」

「最近寒くて外に出られないから、オオクラさんが広志の写真を見せろってうるさい」

「いやいや! オオクラさんのおねだりはまあ、いいや。だけど写真があるのはおかしいでしょ!」

 どこをどう見ても隠し撮りと思われる横顔の僕。もしかして怜治くんが撮ったとか? オオクラさんのために? 寒くてお家にこもっているからって隠し撮りするの?
 でもそれ以外で理由なんて――ある。そういや怜治くんは僕が好きなんだった。そもそも見せるだけなら額に入れて飾らなくたっていいはずだ。

「あー、それ、俺があげたやつ。ほかにも色々あるよ」

「えっ!」

 いままでお昼ご飯に夢中になっていた悠太くんがとんでもないことを言いながら顔を上げた。僕はその言葉にあんぐり口を開けてしまう。ほかにもってなんだ!

「うまく撮れてるの厳選してるんだ」

「よく撮れてるとか撮れてないとかの問題じゃないでしょ! 隠し撮りでしょ!」

「えー、重要じゃないっすか。広志先輩が可愛く写ってるほうが怜治も」

「それなにに使うつもり!」

「いやぁ、それは人それぞれ」

 向かい側にある顔をキッと睨んだら、満面の笑みでスルーされた。それにしても一体こんなものどこから仕入れてくるんだ。一年生の悠太くんが頻繁に二年の教室の近くにいたら目立つよな。

「これってどこで撮ったの? 悠太くんが撮ったわけじゃないよね?」

「まあ、それは色々。怜治のために頑張ったよ」

「色々じゃなくて!」

「ほら見てみてこれも可愛いでしょ。これはついこのあいだ怜治にあげたんだけど」

 僕の剣幕などするりとかわして、悠太くんは自慢げに携帯電話をこちらへ向けてくる。指でスライドするたびに僕の写真が次から次へと映し出されて、思わず顔が熱くなった。そんな僕を見て悠太くんはにんまりと笑みを浮かべる。
 その顔に思うような言葉が出なくて、僕はぐっと言葉を飲み込んでしまった。