独占的04

 初めて好きだと告げたのは中学一年の夏。胸を高鳴らせて告げた言葉に、鷹くんは笑って俺も好きだって言った。でもその時はまだ僕の本当の気持ちは伝わっていなくて、必死な僕を見て不思議そうな顔をしていた。
 それから僕はことあるごとに好きだと繰り返した。そのうち徐々になにかがおかしいと気づき始めたのか、鷹くんは気まずそうな表情を浮かべるようになる。

 中学の頃からやんちゃだった鷹くんは当時から明るい髪色をしていたが、緩い校風の高校に入ってからいまと同じ綺麗な金色になった。色が白い彼にその色はとても似合っていて、それにまたひどくドキドキした。
 だけど友達も増えてますます遠くなっていく鷹くんに焦り覚えた僕は、ランクを四つも落としていまの高校に入学を決めた。いつもはなにも言わない親たちもさすがに驚いた顔をしてたし、学校側は特にひどくて、何度も説得を試みられてげんなりしたの覚えている。

 それでも後悔はなにひとつしていない。たった一年だったけれど鷹くんと一緒にいられた。毎日学校に行くのも楽しみだったし、同じ時間を共有できたのも嬉しかった。なにより長年の想いを鷹くんがようやく受け止めてくれた。それだけですべて報われた気になる。

「こっちに出てきてよかった。傍にいるだけでこんなにいいことがあるなんて思わなかった」

「そういや、お前がうちの高校を受験するって決めた時は、やめるように説得しろって親に言われたな」

「そうなの? 鷹くん全然そんなこと言わなかったよね」

「んー、言えなかったんだよな。和臣の気持ちに応えてないのに、俺が口出せることじゃねぇじゃん。それに俺が言わなくても散々言われてただろうし。だから本当にお前がうちの学校に来ることになったら、答えを出そうと思ったんだ」

「そうなんだ。てっきりもう何回も言われるのが面倒で頷いたのかと思ってた」

 お前と付き合う、と言われた時は正直、嬉しさと疑いが半分だった。それでも触れることを許してくれたし、キスもさせてくれたし、セックスだってさせてくれた。色んなことを譲歩したのだとしても鷹くんのまっすぐな性格だ、嫌なことを無理矢理させているわけではないとは思えた。

「まあ、半分はそういう気持ちがなかったわけじゃない」

「うん、鷹くん結構そういうところあるよね」

「でも和臣はいつだって正直だったし、悪い気がしなかったんだよ。頭がいい、顔もいい、背が高くて見た目が抜群によくて、人嫌いで素っ気ないけど人当たりは悪くない。そんな男が自分に夢中になってるのはちょっとした優越感だよな」

「ふぅん、鷹くんでもそんなこと考えるんだ」

「人間って割と即物的な生き物だ」

 最初の気持ちに打算が込められていたのだとしても、僕という面倒くさい男と向き合ってくれたのだから、彼なりの考えはあったのかもしれない。平気で約束はすっぽかすし、僕より友達を優先するし、言うことはあんまり聞いてくれないけど。それでも僕がどうしても傍にいたいと思う時は傍にいてくれた。

「面倒くさいとは思わなかった? 僕って自分から見てもかなり重たいし、束縛きついでしょ」

「お前の性格は子供の頃から慣れてるし、面倒くさくはないけど、キレた時は正直言って怖い。でもそれって大抵、我慢して我慢し続けた結果ってことが多いから、なんとも言えねぇなぁ」

「怒られる自覚はあるんだね」

「俺のほうがよく俺みたいなのでついてくるなって思う」

「だって、鷹くんしか見えないんだもん」

 抱きしめていた身体をゆっくりと離して、じっと僕を見つめる鷹くんに優しく口づけを落とした。唇が離れると、それに引かれるように身体を起こした鷹くんが僕に手を伸ばして頬を優しく撫でる。その手に自分の手を重ねれば、眩しそうに目を細められた。

「和臣のそういうとこ、嫌いじゃねぇよ」

「今日の鷹くんは正直だね。いつもそんなことほとんど言ってくれないのに」

「恥ずかしいだろ」

「鷹くんのそういうところ、嫌いじゃないよ。じれったくもなるけど、可愛いって思う」

 期待を孕んだ目で恥じらう素振りを見せられると、支配欲が広がってその感情をこじ開けたくなる。抵抗されればされるほど、高揚してしまう。内側を暴いて奥底をドロドロに溶かしてしてしまいたくなるのは、僕が歪んでいるからかもしれないけど。

「友達に紹介してもらえなくてもいいよ。でももう少し会いたいし、声も聞きたい。せめて返事が欲しい」

「いまは忙しいから、そんなに時間は作れねぇけど、気をつける。それと、べ、別に、紹介できないわけじゃねぇよ」

「したくないんでしょ?」

「そ、それは、お前を見たら、みんなに俺がお前のことばっかり考えてるのが、バレるから」

 ふいに視線をそらして俯いた鷹くんは頬を染めてごにょごにょと言い訳を連ねる。だけどその先が聞きたくて、その目を追いかけてまっすぐに見つめた。すると僕の眼差しにぐっと言葉を詰まらせて彼は口を引き結ぶ。それでも見つめ続けていれば、大きなため息が吐き出された。

「俺のデザインは悪くないけど着る人間を選ぶって言われんだ。でもいつもイメージがぶれねぇから、誰かモデルがいるんだろうって」

「それが僕? でもそのくらいならそんなに気にしなくてもいいんじゃないの? 決まったイメージを持ってる、そういう人だっているでしょ」

「レディースデザインはともかく、メンズはどれを描いてもイメージが明確過ぎるから、逆にその相手が気になるとか言い始めて」

「もしかしてそれを全力で拒否しちゃったの?」

「し、仕方ねぇだろ! 嫌だったんだから! だってあいつら絶対目の色変わる」

 首まで真っ赤にして顔を上げた鷹くんの目はちょっと潤んで見えた。泣くほどそんなに嫌だったのだろうか。でも周りがあれやこれやとはやし立てるのは高校時代からよくあることだったと思うけど。

「鷹くんは僕を独り占めしたいの?」

「お前は俺のもんだろう!」

「え?」

 勢い込んで近づいた鷹くんに両腕を掴まれて思わず目を瞬かせてしまう。今日は随分と思いがけない言葉をもらえる日だ。こんなに一気に色んなものを与えられたら、普段からあふれっぱなしの感情が洪水を起こしてしまいそうだ。けれどいますぐにでも押し倒してしまいたくなる気持ちは押しとどめて次の言葉を待った。

「見せびらかしたい気持ちもある。だけどお前を色目で見られんのは嫌だ」

「僕は浮気しないよ。今日もバイト先の女の子に好きだって言われたけど、断った」

「臣って女の子が駄目なのか?」

「どうかな? でも昔からあんまり興味ないな。それに僕は鷹くんしか好きになったことないから」

「お前のそれって刷り込みみたいなもんじゃねぇの? もっと臣のことわかってやれるやつが現れたら、目移り……」

 ひどく寂しそうに言葉を紡ぐ鷹くんの声を遮るように、僕は目の前の唇を塞いだ。驚いた顔をして目を見開くのが見えたけれど、次の言葉を押し込めるみたいに舌で口内をまさぐった。
 そうすれば息を詰めていた鷹くんは掴んだ両腕に力を込めて、一生懸命にそれに応えようする。時折喘ぐように声を漏らしたが、それでもなおしつこいくらいにむさぼり尽くす。息を吸い込む隙も与えないくらい口づけたら、鷹くんの目に涙が浮かんだ。
 わかっている。この感情のはじまりがなんだったか。言われなくてもわかっているんだ。でもそれでも、僕のこの想いは多分一生消えない。

「僕は鷹くんが好き。それ以外、それ以上の気持ちはないよ。だから僕がほかの人を好きになるなんてない。それより僕は、鷹くんが心変わりするほうが怖い。やっぱり女の子のほうがいいなんて言われたら、僕は勝ち目がないでしょ」

 普通の幸せがいい。そんなことを言われたら僕はもうその手を離すしかなくなる。本当は繋ぎ止めて、閉じ込めて、ほかの誰かなんて目に入らないようにしてしまいたい。だけど僕は鷹くんには笑っていて欲しいと思う。幸せでいて欲しいと思うんだ。

「ずっとは一緒にいられないかもしれないってことくらい、わかってる。簡単に僕への感情を誰かに打ち明けられないってこともわかってる。でもいまだけでいいから、僕を否定しないで傍にいて」

「和臣」

「お願い。いまは僕のことだけ好きでいて」

「なあ、臣。俺には夢があるんだ」

「え?」

 ふいに僕の両手を掴んだ鷹くんはまっすぐな視線で優しい笑みを浮かべる。その顔を訝しげに見つめると、ぎゅっと手を握ってそれを胸元に引き寄せた。

「俺は将来、ブランドを立ち上げてショーに出たり、店を開いたりしたい。いまもそのために必死で勉強してる。だからいつかその夢が叶ったら、ブランドの専属モデルはお前がいいって思ってる。和臣に俺の服を着てもらいたいんだ。いまもお前のために作ってる。その意味、わかるよな?」

「……鷹くんの、将来に、僕はいるの?」

「そうだ、この先もずっとだ」

「ずっと」

 ぽつりと呟いた僕に鷹くんは唇を寄せる。小さなリップ音がして離れたそれを視線で追えば、至極満足げな顔が目の前にあった。その笑顔を見ているとまた胸がじわりと温かくなってくる。この先の未来、鷹くんの道の先。そこに自分がいるのだと言われて、ひどく嬉しかった。瞬きをしたらぽたりと涙が落ちる。

「じゃあ、僕はその仕事に就くよ」

「は? 駄目だって、専属つってんだろ」

「でもずぶの素人がやったって箔がつかないじゃない」

「それは、そうかもしんねぇけど」

「外に出るとよく声はかけられるんだ。いままで興味がなくて名刺とかもらってもそのままだったけど。今日も確か、ほら、鷹くんがいつも買ってるファッション誌の」

「え!」

 むっつりとして顔をしかめていた鷹くんの声が急に明るくなった。素直過ぎるその反応に僕も思わず笑ってしまう。こんなに喜ぶなら帰ってきた時に話せばよかった。

「名刺が制服のポケットに入ってたはず」

 やんわりと手を解いて立ち上がると、掛けられた制服のポケットを探る。急いでいたからちょっと握り潰してしまったけど、名前に覚えがあったので捨てずにいた。しわが寄ったそれを鷹くんに手渡せば、少し目がキラキラとする。

「僕、やりたいこととか正直なかったし、鷹くんのためなら頑張れるよ」

 名刺を見つめたまま動かない鷹くんに首を傾げると、なぜか途端に顔が険しくなった。その変化をじっと見つめていたら、床に名刺を置いて険しい顔のまま僕を見上げてくる。

「仕事にするってことは、自分が納得できないことも、嫌なこともやらなきゃいけないんだぞ」

「いまだってやりたくないことも納得いかないこともあるよ」

「いまよりもっとだ」

「でもそれが鷹くんのためになるなら、いくらでも我慢できる。僕がそういう人間だって鷹くんが一番知ってるでしょ? それにやるならちゃんとしたい。って言うか、鷹くんが心配してるの本当にそこ?」

 至極真面目なことを言っているのはよくわかるし、もっともだとは思う。だけど僕を見つめてくる顔にはそれとは違うことが書いてある。疑い深げで心配するような眼差し。見せびらかしたいけど、見せびらかしたくはない。多分そういうことなんだろう。

「僕はどんな場所にいたって、どんなことをしたって、鷹くん一筋なんだけどな」

「そ、それはわかってる」

「じゃあ、頑張れって言ってよ。お前なら出来るって言って。そうしたら鷹くんのためだけに頑張るから」

「……お、お前は、和臣は、俺のもんだ。それだけは忘れんな!」

 口を引き結んでキッと僕を睨んだかと思えば、耳まで赤くしながらひどく甘い言葉を放つ。そのちぐはぐな顔と言葉に情けないくらいに口元がにやけてしまう。

「うん、僕は鷹くんだけのものだよ」

 両腕に愛おしい人を抱きしめて、僕は久しぶりに声を上げて笑った。
 僕と鷹くんの二つの独占欲。それは少し依存性が高いけれど、それでも心が満たされるほど甘やかだ。その甘さにがんじがらめになっても、きっとそこからは抜け出せない。だけどそれがなによりも幸せだと僕は思う。

独占的/end
2018/10/31