冬の日01
1/10

※告白前の正月
――――――

 参道を埋め尽くす人の群れ。ぎゅうぎゅうと押し合いながら歩くその流れに巻き込まれれば、自然と身体は押し流されていく。しかしその流れを遠巻きに眺める少年少女たちがいた。
 黒髪を結い上げ鮮やかな赤色の綺麗な着物を身にまとう、小柄な少女が片平あずみ。整った顔立ちと大人びた雰囲気をまとった容姿で、通り過ぎる人たちの目を惹いている藤堂優哉。ひときわ背が高く、細目で穏和な顔立ちに愛嬌がある三島弥彦。
 そしてそんな彼らの傍にいるのは、弥彦の末の弟である貴穂と真ん中の弟、希一。
 彼らはこの流れに乗るか乗るまいかを悩んでいるようで、顔を見合わせたまま早十分が経過していた。しかし意を決したのか、あずみが人でごった返す道へ足を向けた。

「いつまでもこのままじゃいられないわよね」

「んー、とりあえず貴穂は俺が抱っこするから、希一はあっちゃんと手を繋いでくれる?」

「私はいいけど、希一が嫌なんじゃない? 弥彦は無理だし、優哉が繋いだら?」

 あずみがそう言って、我関せずな顔で近くの木にもたれていた優哉を振り返る。けれど振り返られた優哉も、その隣で微妙な顔をしている希一も、顔を見合わせて一様に眉をひそめた。

「あずみ姉ちゃんと手を繋ぐのも嫌だけど、優兄と繋ぐのはさらに微妙なんだけど」

「正論だな」

 ムッと顔をしかめた希一に優哉も苦笑いを浮かべて頷く。
 弥彦ほどではないが、三島家遺伝の賜物か。今年中学校に上がる弟は歳の割りに随分と背が高かった。そんな希一からしてみれば、あずみと手を繋ぎ歩くのも気恥ずかしいが、優哉と手を繋ぐなど気恥ずかしいをさらに通り越す。

「じゃあ、とりあえず希一は俺たちからはぐれないようについて来て」

 いまだ微妙な顔している優哉と希一に肩をすくめ、弥彦は足元にいる幼い末の弟を抱き上げた。

「昼になるとさらに混むから、早く行こ! ねぇ貴穂っ」

 そしてその横で暢気に笑うあずみは、弥彦の腕に収まる貴穂の頬を両手で撫でる。細目な二人の兄たちと違いぱっちりとした目の末弟は、幼さも相まって人形のような愛らしさがあった。普段は怖いものなしのあずみだが、唯一の弱点がこの小さな貴穂だったりもする。

「なんかここも年々混むわよね」

「結構前にテレビでやったからじゃないかな」

「ああ、そういえばやってた」

 毎年欠かさず三人プラス二人が年始に参拝するこの神社は、それほど大きな境内ではないが、何年か前に縁結びで御利益があるとテレビで特集されてから参拝客が増えてきた。そして認知度が高まった所為か、通常期だけではなくこうして年始の人出も増えてしまった。

「あ、そうだ」

 人の波をうまくすり抜けながら歩く弥彦を盾にして歩いていたあずみが、急になにかを思い出したかのように優哉を振り返る。

「なんだ」

 口元に手を当ててくすくすと笑うその仕草は、彼女がなにか悪戯や悪知恵を思いついた時の癖だ。振り返られた優哉は嫌な予感を抱きながら眉をひそめた。

「優哉に御利益ありそうなお守り買ってあげようか?」

「余計なお世話だ」

 案の定な言葉に優哉は目を細めてあからさまに不機嫌そうな顔をする。けれどその表情にあずみの瞳がますますからかうように歪んだ。

「へぇ優哉、いま好きな人がいるんだ?」

「……」

 あずみの言葉に目を丸くして振り返った弥彦を、優哉は複雑げな表情で見つめる。彼の心境としては、あずみはともかく弥彦にはあまり突っ込んで欲しくない話題なのだろう。
 けれどそんな反応に嬉々とした彼女は、にやりと笑ってすかさず隣の幼馴染みに耳打ちしようとした。

「そうなのそうなの、聞いてよ弥彦っ」

 けれどそれは容易く引き戻される。

「余計なことは言うな」

「……っ!」

 後ろから優哉に口を塞がれ、あずみはもごもごと手の中で文句を連ねる。けれど容赦なくしっかりと添えられた手は、そう簡単に口元から離れていかない。

「優兄ってあずみ姉ちゃんと付き合ってんじゃないの?」

 二人のやり取りを横でじっと見ていた希一は、不思議そうな顔をして首を傾げた。普段からこの調子で口喧嘩が絶えないあずみと優哉だが、彼の目線から見ればそれがどうやら仲が良さげに映るようだ。しかしその声に二人は示し合わせたように顔をしかめて振り返る。

「勘弁してくれ」

「……っ、こっちこそ勘弁してよっ」

 脱力したようにうな垂れた優哉の手を振り解いたあずみは、大袈裟なほど口を曲げた。そしてその二人の剣幕に気圧され、希一はぽかんと口を開けて目を瞬かせる。

「んー、あっちゃんと優哉は色恋無縁だよなぁ。並ぶと絵になるけど、悪友だよね」

 驚いた表情のまま固まった弟の頭を撫でながら、弥彦は途端に不機嫌になった幼馴染みたちに乾いた笑い声を上げた。しかし端から見れば、美男美女で見目が良い二人が並ぶだけでそう思う人は少なくない。二人の性格と優哉の性癖を知る弥彦だからこそ笑い飛ばせる現実。

「ほら、そろそろ……ん? あ、れ?」

 いまだ顔をしかめてる二人と、戸惑いがちな表情を浮かべている希一を、賽銭箱の前へ促していた弥彦が大きく首を傾げてふいに立ち止まった。

「どしたの弥彦」

「ん、あれって、西やんじゃない?」

「え?」

「ほら、この前さ。部活の代理顧問してくれた西岡先生」

 弥彦を見上げ同じように首を傾げたあずみの目が、彼の口から出た名前と共に見開かれる。しかしそんな様子に気づいていない弥彦は、その人物がいる方へ腕を伸ばし指差した。

「え? ちょっと、ほんとに? 一人?」

「んー、そうだなぁ。多分だけどいまは、一人っぽい……かな?」

 背の低いあずみにはこの人混みの向こう側はわかり得ない。急かすように弥彦の腕を引いてその向こうにいるらしい人物を問えば、首を巡らしながら彼は小さく首を捻る。

「近い? 近い? 声かけてっ」

「ええ? 遠くはないけど、気づくかなぁ」

 急にテンションが上がり始めたあずみに戸惑いながら、弥彦は人混みの向こうにいる人物の名を呼んだ。