二人の距離
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※一緒にいるようになって一年くらい
――――――

 冷たい冷気を漂わせるアイスが並んだショーケースの前で、じっと立ち止まってもう五分くらい経った。それでも彼はまだ悩むようにじっと見つめている。

「先輩、なに悩んでるんですか?」

「新作アイス、抹茶とラズベリーお前はどっちがいい?」

 隣に立った俺に気がついたのか、振り向いて彼はこちらを見上げた。そして小さく首を傾げて見せる。いつもより少し幼い無防備な表情に、思わず胸がドキリとした。
 普段は隙を見せないクールさがあるのに、いつからこんな顔を見せてくれるようになったのだろう。

「悩むくらいなら二つ買ったらどうです?」

「じゃあ、お前半分食べたの寄こせ」

「え?」

 思わず目を見開いた。彼は誰かと食べ物を共有したりしない。いままで少し潔癖なところがあったくらいなのに。それなのにこんな風に俺を当たり前みたいに受け入れてくれる。彼がこの俺に好意を真っ直ぐに向けていてくれる、そう思うだけで嬉しくなってしまう。
急に胸の辺りがむずむずとして、いつの間にか口元が緩んでいた。

 彼の傍にいるようになってもう随分時間が過ぎた。あまり変わっていないような気がしていたけれど、思っているよりもずっと二人の関係は深くなっていたのかもしれない。

「おい三木、お前なにニヤニヤしてんだよ」

「え? あー、うーん、なんて言うか。いま俺、ものすごく気分がいいんです!」

 訝しげにこちらを見る目がちょっと冷ややかだ。そんなに呆れるほどニヤついていたのだろうか。まあ、気持ちの浮つきは明らかすぎてまったく隠せていないが。しかし彼も気づいていないあの何気ない反応は、気持ちを上機嫌にしてくれる最高のスパイスだ。

「今日はすき焼きにしません?」

「なに? 臨時収入でも入ったのか?」

「そうじゃないんですけど。いまなら俺、なんでも言うこと聞いちゃいます」

「は? なんだそれ、お前はいっつもそうだろ」

 得意げに胸を張った俺に彼はくしゃりと表情を崩して笑う。飾り気のないまっさらなその笑みに、つられるように俺も笑ってしまった。少しずつ近づくたびに俺はこの人を好きになる。そしてこの人でなければと心からそう思う。
 これからもっと彼に近づけるだろうか。傍にいる自分の存在が彼の日常に溶け込んだらいいなと思う。俺のいない生活が有り得ないって思って貰えるくらいに。

「広海先輩、大好きです!」

「あ? 急になんだよ。お前は、ほんと唐突だな」

「心に浮かんだら、すぐ伝えないともったいなくて。熱いうちにどうぞ!」

「おいおい。お前は、ピザ屋かよ」

 呆れてはいるけれど、見せてくれる笑顔はすごく優しくて可愛い。芸能人ばりの見目の良さでありながら、性格も一本気で男前。貶めるところなど一つもない最上級の人だ。
 俺はこの人に初めて会ったとき、時間が止まったような気分になった。それは典型的な一目惚れなんだろう。もちろん素直じゃなくて捻くれてて、自由気ままな性格の持ち主であるところも愛しいと思っている。

「つーか、そんな話してると両方食いたくなるだろうが」

「すき焼きとピザと、ほかに食べたいものないです?」

「やっぱアイスは外せねぇなぁ」

「アイスは新作四種類、全部にしましょう! あとで絶対食べたくなりますよ」

 買い物かごの中に市販のピザ生地と載せたい具を、好きなだけ選んで放り込んだ。すき焼き用のタレにお肉と卵も忘れずに入れて、アイスも加えればカゴはもう満タン。
 買い物袋を二人でぶら下げて、並んでのんびり歩いて帰る一本道がすごく幸せだ。明日も明後日も、これから先もずっと二人の距離で歩いて行けたらいいと思う。

end.

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