七月七日
9/21

 七月七日――梅雨真っ只中で、今日も雨がしとしと降っている。けれど朝から恋人は機嫌良さそうに短冊を吊るしていた。
 花瓶に挿した笹に折り紙で作った飾りと小さな短冊。願い事はなんだろうと覗けば、来年も一緒にいられますように、そんな小さな願いが書かれていた。

 去年もその前も、同じ願い事だった。そんなに願うほど俺との関係は曖昧なのか、と聞いたことがある。それに対して彼はそういうわけじゃないと笑った。
 けれど幸せに胡座をかいたら、いつか躓いて大事なものを、こぼしてしまうかもしれないだろうと言う。

「七夕っていつも雨だよな」

「せっかくの逢瀬なのに、天気の神様は意地悪だね」

 バターをたっぷりと塗った食パンにかじり付きながら、柔らかに微笑んでいる恋人をじっと見つめる。そういえば付き合い始めた時は、俺たちの逢瀬もなかなか叶わなかった。
 年に一度、ほどではないが、一日ゆっくり過ごせるのは半年に一度くらい。年に二度ほどだ。

 あまりにも時間が合わなくて、彼の元へ迎えに行って強引に連れ帰った。それからもう五年くらい。恋人同士になる前、遠距離恋愛をしていた頃を含めると、出会ってからもう十年くらいは経つ。

 しかしその年月を感じさせないほど、彼は相変わらず美しい。きめ細やかな肌も、リップを塗ったような柔らかいピンク色の唇も、さらさらと音を立てそうなミルキーブラウンの髪も、昔からちっとも変わらない。

 それどころか、ますます綺麗になったのではないかと思ってしまう。目が離せず見つめ続けていると、ゆるりと視線がこちらを向いた。やんわりと琥珀色の目を細めて彼は可愛らしく微笑む。

「パンくず」

「え、ああ、悪い」

 手元も見ずに彼を見つめていたから、膝の上は茶色いクズが散っていた。手を伸ばして後ろの棚にある粘着ロールを取ると、散らかった膝の上を片付ける。そして息をつくようにマグカップのコーヒーを飲んだ。

「竹に短冊七夕祭り、大いに祝おう、ろうそく一本ちょうだいな」

「ん、なにそれ?」

「うん、昔住んでたところで七夕になると子供たちが家を回って歩いて、ろうそくとお菓子をもらうんだ。その時に歌う歌だよ」

「ハロウィンみたいなの?」

「そう、でもハロウィンが伝わるもっと前からあったみたいだよ。ろうそく貰いって言うんだって」

「ふぅん」

 彼は小さな頃からあちこちを転々としていた。親がいなくて、親戚中をたらい回しにされていたらしい。それでも高校に入る頃に気の優しい遠縁に引き取られて、それからは落ち着いて暮らせたと言っていた。

 本当ならばその夫婦の元で、親孝行をしていたかっただろうと思うのだが、我慢ができない俺がさらってしまった。
 だからこれから先、絶対に彼を手放さないと決めている。まあ、しかし、振られてしまった時は諦めようとは思うが。

 いや、諦めきれるかな? いまでは彼がいることは日常の一部だ。いなくなった時のことなんて考えられない。

「なあ、裕樹」

「なに?」

「俺、お前の傍に一生いるよ。だから来年の願い事はもっと欲張ってもいいぞ」

「……そっか、うん、考えておくよ。敦史のお願い事はなににする?」

「お前と、これから先ずっと、一緒にいられますように、かな」

 短冊を手に笑っていた彼は、目をまん丸にして驚き、そして唇を引き結んだ。それが微かに震えているのを見て、思わず手にしていたものを放り投げて駆け寄った。両腕で抱きしめたら、背中に回された手にしがみつかれる。

「俺の願い事、叶えてくれるか?」

「うん、いいよ。叶えてあげる」

「良かった」

 優しく髪を撫で梳いて、肩口に寄せられた泣き濡れた顔を上向かせる。キラキラと涙で潤んだ瞳に自然と笑みが浮かぶ。
 そっと目尻に口づけて、引き結ばれた唇にもキスをした。俺の織り姫さまはひどく幸せそうな綻ぶ笑顔を見せた。

 七月七日――どんなに雨降りの今日でも、君の願いは俺が必ず叶えてみせる。

七月七日/end

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