七月七日

 七月七日――梅雨真っ只中で今日も雨がしとしと降っている。けれど朝から恋人は機嫌良さそうに短冊を吊るしていた。花瓶に挿した笹に折り紙で作った飾りと小さな短冊。願い事はなんだろうと覗けば、来年も一緒にいられますように、そんな小さな願いが書かれていた。

 去年もその前も、同じ願い事だった。そんなに願うほど俺との関係は曖昧なのか、と聞いたことがある。それに対して彼はそういうわけじゃないと笑った。けれど幸せに胡座をかいたら、いつか躓いて大事なものをこぼしてしまうかもしれないだろうと言う。

「七夕っていつも雨だよな」

「せっかくの逢瀬なのに、天気の神様は意地悪だね」

 バターをたっぷりと塗った食パンにかじり付きながら、柔らかに微笑んでいる恋人をじっと見つめる。そういえば付き合い始めた時は俺たちの逢瀬もなかなか叶わなかった。年に一度、ほどではないが、一日ゆっくり過ごせるのは半年に一度くらい。年に二度ほどだ。
 あまりにも時間が合わなすぎて彼の元へ迎えに行って、強引に連れ帰った。それからもう五年くらい。恋人同士になる前、遠距離恋愛をしていた頃を含めると出会ってからもう十年くらいは経つ。

 しかしその年月を感じさせないほど彼は相変わらず美しい。きめ細やかな肌も、リップを塗ったような柔らかいピンク色の唇も、さらさらと音を立てそうなミルキーブラウンの髪も、昔からちっとも変わらない。
 それどころか、ますます綺麗になったのではないかと思ってしまう。目が離せず見つめ続けていると、ゆるりと視線がこちらを向いた。やんわりと琥珀色の目を細めて彼は可愛らしく微笑む。

「パンくず」

「え、ああ、悪い」

 手元も見ずに彼を見つめていたから膝の上は茶色いクズが散っていた。手を伸ばして後ろの棚にある粘着ロールを取ると、散らかった膝の上を片付ける。そして息をつくようにマグカップのコーヒーを飲んだ。

「竹に短冊七夕祭り、大いに祝おう、ろうそく一本ちょうだいな」

「ん、なにそれ?」

「うん、昔住んでたところで七夕になると子供たちが家を回って歩いて、ろうそくとお菓子をもらうんだ。その時に歌う歌だよ」

「ハロウィンみたいなの?」

「そう、でもハロウィンが伝わるもっと前からあったみたいだよ。ろうそく貰いって言うんだって」

「ふぅん」

 彼は小さな頃からあちこちを転々としていた。親がいなくて、親戚中をたらい回しにされていたらしい。それでも高校に入る頃に気の優しい遠縁に引き取られて、それからは落ち着いて暮らせたと言っていた。
 本当ならばその夫婦の元で親孝行をしていたかっただろうと思うのだが、我慢ができない俺がさらってしまった。だからこれから先、絶対に彼を手放さないと決めている。まあ、しかし、振られてしまった時は諦めようとは思うが。

 いや、諦めきれるかな? いまでは彼がいることは日常の一部だ。いなくなった時のことなんて考えられない。

「なあ、裕樹」

「なに?」

「俺、お前の傍に一生いるよ。だから来年の願い事はもっと欲張ってもいいぞ」

「……そっか、うん、考えておくよ。敦史のお願い事はなににする?」

「お前と、これから先ずっと、一緒にいられますように、かな」

 短冊を手に笑っていた彼は、目をまん丸にして驚き、そして唇を引き結んだ。それが微かに震えているのを見て、思わず手にしていたものを放り投げて駆け寄った。両腕で抱きしめたら、背中に回された手にしがみつかれる。

「俺の願い事、叶えてくれるか?」

「うん、いいよ。叶えてあげる」

「良かった」

 優しく髪を撫で梳いて、肩口に寄せられた泣き濡れた顔を上向かせる。キラキラと涙で潤んだ瞳に自然と笑みが浮かぶ。そっと目尻に口づけて、引き結ばれた唇にもキスをした。俺の織り姫さまはひどく幸せそうな綻ぶ笑顔を見せた。
 七月七日――どんなに雨降りの今日でも、君の願いは俺が必ず叶えてみせる。

七月七日/end