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世の中で空から花が降ってくるのは、ドラマか映画か、はたまた漫画くらいのものだ。
 しかし今、それのどれにも当てはまらない状況で、俺の頭の上に大量の花が降り注いだ。

「……」

 花などよくわからない俺でもよく知るそれは薔薇。見事なくらい赤が綺麗な高そうな花だ。

「すいませーん」

 ひらひらと舞い散る花びらと、足元に散らばる何本もの薔薇に呆気に取られていると、ふいに頭上から間の抜けた声が聞こえてきた。
 その声の主は、バタバタと慌ただしい足音を立ててこちらへ向かってくる。

「すいません。ちょっと手元が狂って……あ」

「なんだ」

 突然人の顔を見るなり固まったように動かなくなった男は、ぽかんと口を半開きのまま微動だにしない。
 自分の容姿が一見して厳つくて怖いと、よく周りに言われるが、あからさまに固まられるのはさすがに初めてだ。

「おい」

「あ、ごめんなさい」

 いたたまれず大きめな声で呼びかければ、目の前の男はビクリと肩を跳ね上げ、我に返ったのか何度も瞬きを繰り返す。

「あはは、ちょっと今、運命感じちゃった」

「は?」

 俺の訝しむ顔など全く無視してにっこりと笑う男は、些か中性的で目を引くほど綺麗な顔をしている。――が、吹いたら飛びそうなくらいの軽い雰囲気が滲み出ている。

「ちょっと待って格好いいお兄さん。俺、あんたのこと超好みなんだけど」

 男の言葉を無視して背を向けると、慌てた様子でついて来る。

「悪いがその趣味はない」

 と、言うのは正直嘘だ。基本的に気に入った相手ならば男だろうが、女だろうが気にしない。
 普段なら頭が弱そうでも、これだけ綺麗な顔をした男の誘いなら、昼だろが夜だろうが、軽く乗ってしまうところなのだが、今はなんとなく身の危険を察して俺は踵を返した。
 しかしそれより早くジャケットの裾を思いきり鷲掴まれた。

「あーだよね。お兄さんは絶対タチだよね。見ればわかるわかる。おんなじ匂いするもん」

「……」

 男は俺の反応をさもおかしそうに笑いながら、人の顔を下から覗き込むようにして見上げてくる。
 自分自身の容姿をよく熟知しているのだろう。こんな真っ昼間の公園などでなければ、うっかりその気になってしまいそうなほど艶がある。

「はぁ、見れば見るほどイイ男だね」

「そりゃどうも」

「あ、あぁ。お兄さん刑事でしょ?」

 男の顔から気をそらすため、何気なく懐から煙草を抜き取った瞬間、目先の視線がやんわりと細められた。目ざといにもほどがある。
 確かに少し膨らんだ胸の裏ポケットには警察手帳が入っている。一見するだけではそれと気づく者は少ないが、男は確信に満ちた笑みを浮かべていた。

「お兄さんはなんの捜査してんの? 単独行動しちゃって怒られない?」

「……」

「まぁ、聞いて答えるようじゃ刑事失格かぁ」

 黙秘する俺に対し、男はにぃーっと口の端を持ち上げて子供みたいに笑う。けれどその瞳の奥はやけに冷静で、全く笑みの裏が見えない。

「お兄さん格好いいからサービスしちゃおうか」

「……」

「最近、三丁目の商店街の外れで見かけない顔がウロウロしてるよ」

 得体の知れない男の様子を観察していると、なにやらポケットを探りそこから名刺を取り出した。
 小さなそれの裏側に男は器用に何か書き込んでいく。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦……ってちょっと意味違うけど、信じる信じないはお兄さん次第だよ。これあげる。困ったことがあれば連絡して、お兄さんのためなら飛んでってあげるから」

「なんだお前」

 目の前に突き出された花屋の名刺。その裏に書かれた地図と電話番号に名前、自然と眉間の皺が深くなる。

「蓮見、綾斗?」

「そうそう綾斗って呼んでね。駅前の花屋でアルバイトしてるの。お兄さんは強面だけど面倒見も良くて、すごい優秀だって有名な捜査一課の那賀圭吾さん、でしょ? 当たり?」

「お前、情報屋か?」

 いきなりフルネームを呼ばれて、一気に警戒心が高まる。

「内緒……あ、圭吾さんが俺と付き合ってくれたらなんでも教えちゃうかも」

 にっこりと満面の笑みを浮かべる蓮見に、一瞬ぞわりと鳥肌が立った。小綺麗な顔をして底が見えない感じが不気味だ。
 しかしこの界隈に、腕利きの情報屋がいるという噂は随分前からある――が、この男がそうなのかは判断しかねる。もしそうであれば、かなり有意義なことなのだが。

「自分のケツの方が大事だ」

「あ、圭吾さんバックヴァージン? やだなぁ燃えちゃうじゃん」

「……」

 見てくれと中身のこのちぐはぐ感、どうにかならないものなのか。見た目だけなら蓮見の容姿はかなり好みだが、こいつの中身は完全に肉食だ。

「圭吾さん、お願い付き合って」

「あ?」

 蓮見の言葉と目の前に突然突き出された薔薇に、思わず身構えてしまった。
 けれど当の蓮見は変わらずニコニコと笑っている。その笑みが逆に恐ろしい。

「俺、今までにないくらい圭吾さんに運命感じちゃったんだよね。一目惚れってやつ? このままサヨナラは嫌だなぁ。今フリーでしょ? あ、今すぐ身体の関係は強要しないからさ」

 されてたまるか。
 そう言葉に出しかけて、思いとどまった。下手に話に乗るといつまでも蓮見の手中から抜け出せない気がする。

「疑ってる?」

「……それ以前の問題だ」

「性の不一致?」

「……」

 心底不思議そうに首を傾げる蓮見に軽く目眩がした。手にしていた煙草を思わず握り潰してしまうほど、行き場のない感情が胸の辺りでモヤモヤする。
 付き合いきれない。なんて疲れる男なんだ。

「悪いがお前に構ってる暇はない」

「意地悪……でも今日のところは見逃しちゃう」

 ふいと蓮見に背を向けるが、言葉の通り追いかけてくる気配はない。その代わり――。

「あーっ! ヤバいっ、花が死にそう」

 悲愴な声が響き渡った。

「……ったく、とんだ厄日だ」

 ぎゃぁぎゃぁと騒がしい蓮見の声が徐々に遠ざかると、ホッと肩の力が抜ける。対人でこうも苦手意識を感じる相手は初めてだ。
 とはいえあの胡散臭さは若干気になる。

「三丁目、当たってみるか」

 しかし手分けして捜索している相方へ連絡しようと、携帯の通話ボタンを押した途端に――。

「圭吾さーん! 俺諦めないからねぇ。愛してるよハニーっ」

「……」

「……那賀? 今の」

 耳元から聞こえる戸惑いの声と、後ろからいまだに愛してると叫ぶ声に、今ここから魂ごと逃げ出したくなった。

「幻聴だ」

 そう言い聞かせた俺の気持ちとは裏腹に、遠くない日に俺はまた蓮見綾斗と出会うことになる。赤い糸ならぬ赤いロープが巻かれたようにしか思えない。

[Target/end]