小さな幸せのひととき04

 朝倉とのんびりと週末を過ごしてしばらく。 従兄弟と朝倉の予定が立ち、二人を引き合わせる日を迎えた。「兄ちゃん、朝倉さんに失礼な物言いとかするなよ」「相手による」 七つ年上の従兄弟は、渋々といったていを隠さない敦生の様子に、ふんと鼻で笑う。…

小さな幸せのひととき03

 別に元カノの話は禁句ではないのだが、なんだか敦生的には言ってはいけない気持ちが芽生えている。 朝倉は敦生の元彼、ノブの話も気にせずしていいと言う。 忘れなくていいとさえ言うのだけれど、敦生は自身に置き換えて考えるとあまり良い気分がしない。…

小さな幸せのひととき02

 これまでの誤解を解き、敦生は朝倉にもっと自分を意識してほしいと伝えた。 なにもしてくれない理由が自分自身にあったと、気づかなかった数ヶ月を悔いる気分だ。「朝倉さんはさ、もっとこう、ぐいぐい来てくれていいんだぞ」「そういうことは気安く言っち…

小さな幸せのひととき01

 十月の初め、秋の気配がにわかに漂い始めた頃。 夕刻になり、学生の姿がまばらになった大学のカフェで、|敦《あつ》|生《き》は吉報を大いに祝われていた。 夏が始まる前から就職活動に勤しんでいた敦生の元へ、つい先日、内定通知が届いたのだ。「敦生…

一緒にいるためにできること

 チチチッと小鳥のさえずりが聞こえる。まどろみの中でウトウトしていると、ベッドが軋んで、こめかみにキスを落とされる。 そのまま寝たふりをしていれば、さらに頬や鼻先に口づけられた。 次第に悪戯するように、Tシャツの中に手が滑り込んだので、礼斗…

ゆっくり優しくして

 恥ずかしさが増して、ジタバタともがくけれど、直輝は礼斗を押さえつけたまま離さない。それどころか彼は瞳に熱を灯らせる。「いきなりスイッチ入れんな!」「弱ってるアヤを見てたら、ムラムラしちゃった」「サイテーだな!」「あ、でも身体が辛いか。熱が…

鬼の霍乱

 すぐにと部長が言っていた通り、新しい社員がやって来たのは、あれから一ヶ月もしないうちだった。 直輝は引き継ぎをするために、しばらく残ることになったが、そのあとはいったん元の会社へ戻る。しかし本人の口から、その後の詳しい話はいまだ聞かされて…

平穏の中の黒いシミ

「だから! なんでわかんないのかな!」「あんたこそ、もうちょっと頭を使え」「アヤは頭が硬すぎるんだよ。もう少し柔らかくしたら?」「あんたが自由すぎるんだ」 関係を元に戻したからと言って、日常が大きく変わるわけではない。今日も今日とて、会議室…

ずっと傍にいる

 笑ったら笑ってくれる。原理としては確かにそうだが、いざ意識するとタイミングが見当たらない。 そもそも礼斗は、笑みを浮かべる表情筋が死んでいると、親にまで言われたことがある筋金入り。 せっかく綺麗に産んであげたのにと、母親が嘆いていた。そん…

ぎこちない笑顔

 まだ一度しか歩いていない、慣れない駅までの道。ただ隣を歩く、それだけのことがもどかしいような、居心地の悪いような気持ちになる。 いま付き合っている人はいるのか? そんな問いかけすら、素直になれない礼斗は言葉にできない。そもそも復縁を切り出…