素直じゃない君の言い訳01
1/3

 いつだって待ち合わせは十五分前。一分と遅れたら機嫌を損ねる。待ち合わせの時刻には間に合っているのに。そしていつでも予定は綿密に立ててからデートに臨む。次はどこに行くの? の言葉に躓いたらそこでアウト、また機嫌は急降下する。
 今日も可愛いね、その服すごく似合ってるよ。そんな言葉は当たり前に出てこなければならない。しかし周りからハードルが高すぎて無理と言われるけれど、自分はそこまで気にしていなかった。

 そんな相手とも付き合ってもうすぐで三年になる。ここまで来るとあしらい方を学ぶというか、うまく転がして機嫌を取ることを覚えていく。ご機嫌のツボはわりと単純でわかりやすいので、そこを押し間違えなければ問題ないのだ。

「詠斗、喉渇いた」

「喉が渇いたなら冷たいのでいいか?」

「うん、あー、でもあれがいい」

 振り返った小さな顔に頭の中でここ最近のお気に入りが浮かび上がる。が、気がそれたのかふいに指先を伸ばして道の向こうを示された。指し示されるままに視線を動かせば、コールドからはほど遠いホットジンジャーココア、クリーム添え。
 パチパチと瞬くココア色の瞳が期待に満ちた色を見せる。それに応えるべく足を踏み出すけれど、一度振り返って確認を忘れるべからず。

「なにか食べたいものは?」

「んー、クッキー、あ、いや、カップケーキ」

「オーケー、そこで待ってて」

 優柔不断なところが大いにあるのでここはクッキーとカップケーキ両方だ。向かう先は彼が気に入ってる店だから好みも大体わかる。待たせすぎてもいけないので足早に店へと急いだ。
 わりと混んでいる店だが今日は運良くさほど並んでいない。

「クリーム多めでチョコソースもトッピングしてください」

「かしこまりました」

 飲み物を待つあいだにスマホを確認した。一緒にいる時はよそ見ができないのでこういう空き時間は貴重だ。けれど画面に落としていた視線を外へと向ければ、待ち人は二人連れの男にナンパされている。
 予想外の展開にどうするべきかと思いはしたが、初めてのことでもないのでさほど慌てる場面ではない。小柄で線が細くて目がぱっちりしていて、髪がショートボブなので女の子に間違われやすいのだ。
 それを自分でもわかっていて思わせぶりな反応を返して楽しんでいるのだから、相手が気の毒とも言える。

「瑞樹、お待たせ」

「遅いよ」

「ごめん、それより誰? 知り合い?」

「全然知らない」

 飲み物と紙袋を手に彼の元へと戻れば、ふいにばっさりと会話を打ち切られた相手はこちらを見て気まずそうな顔をした。自分は彼とは真逆の容姿だから少しばかり威圧感があるのだろう。
 顔を見合わせてなにやらよくわからない言い訳をしながらすごすごと立ち去っていく。喧嘩は得意ではないので後腐れのない感じの相手で助かった。

「熱いから気をつけて」

「わぁ、クリームいっぱい」

「……瑞樹は、もしかして俺のこと試してる?」

「なにを?」

「知らない人にいい顔するの、結構あからさまだけど」

 スプーンでクリームを掬ってご機嫌で頬ばる横顔にちらりと目を向けると、きょとんとした表情と一緒に長いまつげが瞬く。そしてさらにこてんと首を傾げて、じっとこちらを見上げてくる。
 うん、これはなにも考えていない。深い意味があってのことではないようだ。

「へぇ、詠斗でもヤキモチ妬くんだ」

「ヤキモチというか、どういうつもりなのかと思っただけ」

「ん? それって僕の気持ちは大して気にしてないってこと?」

「そういうわけじゃない。だけどあんまりあんな態度を取るのは良くないと思うからやめておきなよ」

 いままでトラブルになったことはないけれど、厄介な相手にもし当たったら大変だ。難癖を付けられるだけならまだいいが、暴力を振るわれるようなことになったら困る。身体の大きな見た目に寄ることなく、こちらは腕っ節が弱いので対するのが難しい。
 彼は華奢な体型に寄らず力は強いけれど、体格差というものがある。

「なんかそれって僕が心配って言うより、詠斗が厄介ごとに巻き込まれたくないって感じ?」

「そりゃあ、面倒ごとは嫌だよ。そういうの俺が得意じゃないの知ってるだろ。瑞樹だって面倒くさいの嫌いじゃないか」

「その投げやりな感じ好きじゃない」

「一応心配もしてるんだけど」

「とりあえず心配してます、って態も好きじゃない」

 甘いものを前にご機嫌だった顔が不愉快そうに歪んでいく。あ、これはちょっと地雷を踏んだかな。しかしなんでもはいはいと言うことを聞いていられないこともある。彼のご機嫌取りは日頃の習慣だが、こうしてご機嫌斜めにすることも多々ありだ。
 黙っていると不機嫌メーターがさらに上昇したのか、クリームだけ平らげたまだ温かいココアを突き返される。

「詠斗のそういうとこ僕、嫌い」

「瑞樹」

「ついてこないで! 頭にきたから詠斗とはもう別れる」

 薄桃色の頬を膨らませて目をつり上げた彼はふいと身をひるがえして足早に歩き始めた。ずんずんと突き進んでいく後ろ姿に重たいため息がこぼれてしまう。ここで追いかけても機嫌はさらに悪くなるばかりだ。
 と言うことで黙って遠ざかっていく背中を見送る。次第に人波に紛れて小さな背中は見えなくなった。

「別れるって言われたのは初めてだな」

 怒って気が済むまで言うこと聞かされたり、帰りまで口を利いてくれなかったり、そのまま帰ったりされたことはよくあった。けれど今日のはそこまで逆鱗に触れる話題だったろうか。

「んー、このあとの映画チケット取ってあるんだけどな。一枚無駄になるけど、観に行くか」

 薄情な行動に思われるだろうが、怒ってるあの子になにを言っても聞き入れられることはない。ということは、しばらく様子を見るしかないのだ。夜まで待って頃合いを見て連絡でもしてみようとこれからの予定を埋めていくことにした。
 映画を観て、先日SNSで見かけていきたいと言っていた雑貨屋へ行って、読みたいと言っていた本を受け取りに本屋へ。自分が欲しかった写真集と文庫本を見つけてついでにそれも購入する。

 時間が余っていたので駅のポスターで見かけた宝飾の展覧会にも足を伸ばしてみた。彼がいるといつも時間がギリギリなのに、一人で回るとかなり余裕がある。予定をしっかり立てても女王さまの一言であっちへこっちへ振り回されるからだ。

「さすがに時間が余り過ぎだな。どうしよう」

 映画を観て二時間も過ぎればすることがなくなってくる。けれどまだ夕刻で食事には少し早い。今日予定していたレストランは一人ではちょっと厳しいので、そこはキャンセルして帰りはラーメンでも食べて帰ろうと思っていた。

 もうしばらく時間を潰せるところはないか、スマホで情報検索に勤しんでしばらく。少し前に買ったコーヒーがぬるくなってきた。季節は秋の色が濃くなって吹き抜ける風もだいぶ冷たい。
 しかしこうしてぼんやりとする時間もたまにはいいものだ。付き合い始めてから休みの日は必ずと言っていいほど二人で会っていたから、のんびり自分の時間を過ごすことがなかった。

「こうやってぼーっとするのも家でだらだらするのも好きなんだけど、瑞樹は黙っているのが苦手だからな」

 一つ年下のあの子と大学二年の頃に知り合って、卒業の頃には別れるかと思いきや就職しても続いている。来年には彼も大学を卒業するから心機一転される可能性はあるが、気まぐれさが半端ではないからあまり予測できないところがある。

 見た目が可愛くてそこも好みだったけれど、男性遍歴を噂で聞いて近づいた。そして断られるのを覚悟で付き合わない? って聞いたら、いいよってあっさり返事をされた。
 我がままな性格を知る周りにはやめておけと言われたのだが、ここまで好みな子はそういないと思ったので、そのままお付き合いを始めることとなったわけだ。
 結果、いまも自分はまったく後悔していない。

リアクション各5回・メッセージ:Clap