おちんちん☆らぷそでぃー01
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 人生そこそこ順風満帆。大きな失敗もつまずくこともなく、恋愛も学校もバイトも順調だ。でも順調すぎるこの人生、時折退屈になってしまうこともある。だから少し刺激が欲しかったのかもしれない。いつもならわざわざ声をかけることもなく見過ごしていただろうその場面、なぜか気が向いた。
 バイトが始まる前に食材の買い物に出ていた俺は、通りで明らかにナンパされているのだろうその人を見かけた。遠目からだったがやたらと雰囲気がある人だなと、最初はなんとなくぼんやりと見つめていただけだった。

「突っぱねちゃえばいいのに」

 迷惑なナンパなど下手に会話せずに突き放してしまえばいい、その方が相手も引き際がわかるというものだ。けれどその人は足を止めてしまっている。人がいいのか間抜けなのか判断するのが難しいところだ。いつまでも決定的な拒絶を見せないその人に、相手は押したらいけると踏んだのかおもむろに肩を抱いた。すると相手のそんな行動は予測していなかったのか、文字通りその人は顔を引きつらせ固まってしまう。このままではいいように言いくるめられ、どこかに連れ込まれてしまいそうだと思った。

「離してくれ!」

 さすがに危機感を覚えたのかその人は声を荒らげる。そしてそんな様子を横目に通り過ぎるはずだった俺は、気がついたらため息とともに足を踏み出していた。

「ちょっと、その人うちのお客さんだから絡むのやめてくれない?」

 放っておけない雰囲気があったのかもしれない。肩に乗せられた相手の手を払い、俺は決して細くはない身体を引き寄せた。驚いた表情を浮かべて振り向いたその人は、背丈は俺とさして変わらず、ほぼまっすぐに視線が合った。真っ黒な瞳が綺麗で、近くで見てもなかなかの美人だ。

「なんだお前」

「通りすがりのバーテン。悪いけどほかをあたってくれない? どう見ても合意じゃなさそうだし」

「なんだと!」

 値踏みするように俺が上から下まで視線を送ると、それを侮蔑と感じたのか相手は眉を釣り上げて怒りをあらわにした。けれど常日頃こういった面倒な人間に接することも多いので、さして気にも留めず肩をすくめる。しかしそれがますます相手の癪に障ったのか、いまにも掴みかかりそうな勢いで睨まれてしまう。

「こんなところでやり合うのみっともないよ」

 いかつい顔で睨まれているが、俺はふいと視線をそらした。そして周囲に視線を向ける。そこには男三人で顔をつき合わせているこの場面を興味本位で眺めている野次馬がちらほらいた。

「いい男は引き際が大事だと思うけど」

「ちっ、うるせぇ、クソガキが」

「はいはい、どーも」

 なにかを言いたげに歯噛みをしたが、最後はありきたりな捨て台詞を残し足早に逃げ去っていった。散々粘っていたわりにはあっさりとした引き際だ。まあ、あれ以上絡まれて面倒になるよりはマシかと、俺は肩をすくめて男の背中を見送った。

「あの」

「ん?」

 ナンパ男に解放されたその人は、少し困惑した面持ちで俺の顔を見つめる。その瞳を見つめ返すと、ふっと視線がそれて気まずそうに伏せられた。落ち着かない様子で長い前髪を耳にかける仕草と指先が綺麗だなと見ていたら、ますます視線が下を向く。そんな俯いた横顔も独特の色気があって、去っていった男が粘りたくのもなんとなく頷けた。おそらく本人に意識はないのだろうが、男ウケする雰囲気だ。 
 しっとりとした緩やかに波打つ黒髪、濡れたような黒い瞳は長いまつげにふちどられている。決して細いわけではないが、外気にさらされた首元が妙に色気を放っていた。

「ありがとう、礼を言う」

「いや、別にいいよ。でもおにーさん、この辺をふらふらしてるとまたさっきみたいなのに引っかかるから気をつけな。この通りはゲイが多いから」

「え?」

 俺の言葉に心底驚いたような表情を浮かべたその反応に、ほんとの迷子だと気づいた。驚きで目を見開き丸くなった瞳がなんだか猫のようで可愛い。
 しかしこんな男をフェロモンで寄せるような人が、警戒心なくここにいてあれだけで済んだのは不幸中の幸いか。この通りはぼんやり立っているだけでも客引きと間違えられて、男が品定めする眼差しで近づいてくるような場所だ。

「ほとんどがゲイかバイじゃないかな。たまには違うの混じってるけど。おにーさん気をつけなよ」

「非生産的だな」

「……まあ、ね。でもそういうこと、ここではあんまり言わないほうがいい。誰がそうかなんてわからないもんだしね。目の前の俺もそうかもしれないよ」

 俺の言葉を聞きながら、彼は難しい顔をしてなにやら考え込んでしまった。

「どこかに行く途中?」

「……ここに」

 少し逡巡した様子を見せながらもシャツの胸ポケットから小さな名刺を取り出すと、その人はおずおずと俺の視線の先へそれを差し出してきた。

「ああ、これなら通りを間違えすぎだな。ここから二本先だよ。おにーさん地図見るの下手だね」

 差し出されたのは、ここからさほど離れていないところにあるワインバーの名刺だった。このあたりのバーは大体頭に入っているのですぐに検討がついた。それにしてもこうして小さな地図を持っているのに迷うとはとんだ方向音痴だ。

「送ってあげようか?」

「いや、結構だ」

「そう」

 少しからかうように言ったら頬が赤く染まった。その横顔をじっと見つめると、居心地悪そうに視線があさっての方向へ流れていく。自分よりも間違いなく歳上な気がするけれど、思っていることが顔に出て可愛い人だと思った。

「手を」

「ん?」

 困ったように眉を寄せ、ためらいがちにこちらを見る瞳を俺は首を傾げて見つめ返した。するとますます困惑したように瞳が揺れる。

「手を離してもらえないだろうか」

「あ、手ね、ああ、ごめん」

 最初に引き寄せた時に抱いた肩がそのままだった。それに気がつき手を離すと、彼は遠慮がちに少しこちらに距離を置いた。絡まれたのを助けてもらったので言い出せずにいたのだろうか。随分と人がいい、というかよすぎる人だ。

「じゃあ、おにーさん気をつけてね」

「ちょっと待った、君どこのお店の人」

 このまま顔をつき合わせていても仕方がないと、肩をすくめて踵を返そうとした俺の腕が、思いのほか力強く掴まれる。その手に驚いて振り返ったら、慌てたように放された。

「どこかのバーテンなんだよな」

 ふっと視線が俺の頭のてっぺんからつま先まで流れた。視線の先にある俺の服装はいたってシンプルだった。白いシャツに黒のベストに黒のスラックス。
 この界隈ならそこら辺にいそうな風体だ。俺自身の容姿に関してもそれほど派手さはなく、いささかチャラく見えるハニーブラウンの少し長めの髪をサイドに流している程度だ。天然物のパーマと明るめな色味こそ目を引くが、そこまでぎらついていないのでホストやクラブの黒服とは思われないだろう。

「うちはその店ほど気取った、いや洒落た店じゃないけど。機会があったらどうぞ。カフェバーだから軽食や甘いものが欲しくなったらうちに来てよ」

 ポケットにしまっていた店の名刺を手渡すと、彼は目を瞬かせその名刺をじっと見つめていた。その姿に少しばかり名残惜しさを感じたが、これ以上は道草をしてはいられないと、「じゃあね」と声をかけて俺は足早にその場を立ち去った。

「名残惜しいか」

 ふいに自分の感情に首を傾げてしまった。いままで相手に対してそんな風に思うことはほとんど、いや皆無に等しいほどないと記憶している。まわりにはいないタイプだったのでやはり物珍しかったのだろうか。しばらく考えてみたがよくわからなかった。少し振り返ってみたけれど、そこにあの人はもういなかった。

「啓、どこまで買い物に行ってたんだ」

 のんびりとした足取りでバイト先まで戻ると、軒先で店長の柚崎が看板の電気を灯しているところだった。俺に気がついた柚崎は少し呆れたように肩をすくめ苦笑いを浮かべた。

「帰る途中で美人がナンパ野郎に捕まっててさ。迷子のその人に道を教えてきた」

「ふぅん、他人に興味ないお前にしちゃ珍しいな。よっぽど美人だったんだな」

「ん、まあね」

 少し目を見開いて驚きをあらわにした柚崎の表情に、俺は曖昧な返事をしながら看板の足元にある階段を下りていく。そして木製の扉を引き開けて店内に足を踏み入れた。
 開店間近なこともあり、店内は照明が落とされ艶やかなセピア色をしていた。落ち着いたジャズが流れるその場所はあと十分も経てば客がやってくる。

「ぼんやりしてるな、もしかして恋煩い?」

「え?」

 いつの間にか後ろに立っていた柚崎が耳元で小さく囁いた。それに驚いたのか、その言葉に驚いたのか、俺は肩を跳ね上げて我に返った。どうやら店の入り口で立ち尽くしていたようだ。

「開店準備はよろしく頼むぜ」

 そんな俺に片頬を上げて笑った柚崎は、俺の手にぶら下げられていたビニール袋をさらい、カウンターの奥にあるキッチンへと姿を消した。
 なんだかよくわからぬままひどく調子を狂わされた気がしたが、そう思ったのはその時だけで、店が開店時間になるとあとはいつも通りだった。

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