聖なる夜にお届け
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 至る所で、色とりどりのイルミネーションが輝いている。街路樹もやたらと明るい光を放っていて、商店街ではクリスマスソングが流れていた。
 今日は日本人の大半が浮かれ騒ぐクリスマスイブという一大イベント。

 そんな中で俺はなにをしているのかと言えば――茶色いブーツに、白い縁取りの真っ赤な上着とズボンいう装いで、バイクに乗っている。口には白い口ひげまでくっつけて――その姿は見ればすぐに何者かわかるだろう。
 そう、俗に言うサンタクロースという奴だ。

 だが、俺が本物のサンタであるはずがない。なぜなら俺は、予約と飛び込みの注文で、絶賛爆売れ中なピザ屋の単なるバイトだからだ。しかしこんな怪しい格好の男に、ピザを届けられてなにが嬉しいのだろう。

 イベントなんてものはなんでも形からとは言うけれど、ちょっと理解に苦しむ。しかしこういうイベントごとは、かなり時給がいいのだ。背に腹は代えられない。

「こんばんはー! ピザデイリーです」

 バイクを飛ばしてたどり着いたのは、大層大きな一軒家。隣近所の家と比べても、随分と大きい印象を受ける。玄関先はイルミネーションで飾られていて、そこだけやけにキラキラと眩しい。
 インターフォンを押して一、二分ほど待つと、玄関扉がゆっくり開いた。

 顔を覗かせたのは小学生くらいの少年だ。こちらを窺うように扉の陰に隠れながら、俺の格好をまじまじと見つめている。これは明らかに警戒されているだろう。だからこんな格好は嫌だって言ったんだ。

 親はどうした。早く受け取ってもらわないとピザが冷めるし、次の配達にも行けやしない。けれどしばらく目を合わせたまま、お互い身動きができなかった。
 そうこうしているうちに、家の中から白髪の女性が出てくる。そして固まる少年を不思議そうに見下ろした。

「拓実さんどうしたの? ピザ屋さん来てませんか?」

「……津川さん。サンタクロースがいる」

「え? ああ、今日はクリスマスイブだから、ピザ屋さんがサンタさんになってくれたんですよ。拓実さんにピザのプレゼントですね」

 出てきた女性は子供の祖母辺りだと思っていたが、話し方を見るとお手伝いさんのようだ。優しい笑みを浮かべた彼女は、拓実と呼ばれた少年の背中を押して俺のほうへと促す。
 おずおずと近づいてきた彼は、俺の前に立ち止まると小首を傾げた。

 目の前に立つ少年は、遠目から見た時はもっと小さく感じたが、そこまで小さいわけではないようだ。おそらく身長は百四十センチくらいだと思う。小さな顔と華奢な身体が小柄に見せていただけだった。

「ご注文のデリシャスデラックスのMサイズです」

「ありがとうサンタさん」

 保温の袋から取り出したピザを差し出すと、黒目がちな目を細めて拓実はにこりと笑う。顔の造形が整っているので、それは実に可愛らしい笑みだ。将来有望そうなその顔に俺は作り笑いを返した。

「サンタさんはお願いを叶えてくれるの?」

「え? いや、サンタはプレゼント配るだけっすね」

「そうなんだ」

 少し難しい顔をして拓実は俯いたが、俺は早くこの場を去りたかったので、用件だけを手早く済ませた。料金はクレジット払いなので、いまここでもらう必要はない。またなにか言い出す前に急いで方向転換をする。

「それでは失礼します」

「あ、待って」

 くるりと踵を返して立ち去ろうとしたら、上着の裾が後ろへ引かれる。振り返れば拓実がしっかりと、裾を掴んでいた。これは客商売。振り払うわけにもいかない。

「なにか?」

「サンタさんの名前教えて」

「サンタはサンタっすよ」

「違います。本名を教えてください。サンタって職業でしょ?」

「うっ、それは、うーん。……五十嵐です。えっと、あー、……柚人、です」

「ユズヒトさん! わかりました。ありがとうございます!」

 人の名前を確認すると、拓実は満面の笑みを浮かべて家の中へ戻っていく。名前まで教えるつもりはなかったのに、こちらを見るまっすぐすぎる眼差しに、答えなくてはいけないような気分になってしまった。

 あんなちび助に気圧されるなんて。いや違うな、きっと子供の目に弱かっただけだ。下手なことをして泣かれても困るしな。うん、子供は厄介だからな。
 そんな言い訳をしながら残りの配達も済ませて店に帰ると、なぜだか店長に呼び出しを食らった。

 帰ったら事務所に直行しろと伝言が残されていて、一体なんのクレームだろうかとビクビクしてしまう。
 事務所に行くとそこにいたのは店長だけで、平静を装いながら俺は声をかける。そうしたら神妙な面持ちで待っていた店長は、突然なにやらよくわからないことを口走った。

「なんですか? それ言ってる意味がまったくわからないんすけど」

「だから、今日伺った南条寺さんのお宅に明日、君がデリバリーされて」

「は? うちピザ屋でしょ。いつからデリヘルみたいなことするようになったんすか?」

「いいからよろしくね」

 まったく納得がいっていないのに押し切られた。時給を五百円プラスしてあげるからと言われて、渋々頷いてしまう。貧乏学生に時給五百円アップは破格だ。頷かない奴がどれほどいるだろう。
 これで相手がよくわからない厳つい兄ちゃんだったら断っていた。でも今日行った南条寺というのは、あの少年の家だ。家に行ったところでなにか恐ろしい目に遭うことはないはずだ。

 そう――ないはずだった。だってどう考えたって、なにかがあるなんて想像もしないじゃないか。だって相手はいくつか知らないが、小学生くらいの子供だぞ。
 まさか飲み物に薬を仕込まれて、寝ているあいだにこんなことになってるなんて、誰が想像する?

 思わず俺は夢でも見てるのかと思った。もう一回寝たら覚めるかも、なんて目を閉じたら身体の上に重みがかかった。そしてゆっくりと人の顔が近づいてくる。

「こんな時に眠れるなんて、柚人さんってかなり図太いんですね」

「いやー、って言うか拓実くんさ。これって犯罪でしょ? 監禁拘束とかってマジでありえないでしょ」

「時間で柚人さん買ってるんだから、いまは僕がなにをしても許されると思うんだ」

 いまの俺の状況は、ベッドヘッドに繋がれた手錠で両手を拘束されている。そしてその上には可愛らしい顔をした拓実がまたがっていた。
 それも酷く悪い顔をして。あの純粋そうな笑顔が、こんなに腹黒そうになるなんて、詐欺に近い。

「昨日はちょっとしか顔が見えなかったけど。思った通り柚人さんは綺麗な顔してるね」

「これは一体どういう理由なのか説明してくれる?」

「昨日見た時に一目惚れしちゃったから。サンタさんにプレゼントをお願いしたんです」

 もしやこのお願いしたサンタというのは、うちの店長のことだろうか。サンタって職業でしょってそういう意味? お金を出したらなんでも解決するって思ってる? え? ちょっとそこまで頭が回る子って怖い。

「今日は一日、僕と楽しいコトしようね」

「うわぁ、すんごい遠慮したい」

「うふふ、すごくわくわくするね」

 酷く貞操の危機を感じるのはどういうことだろう。至極可愛く微笑んだ拓実は、身動きできない俺の唇にやんわりと口づけた。

聖なる夜にお届け/end

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