可惜夜に浮かれ烏と暁の月

初候*綿柎開(わたのはなしべひらく)

 突然の再会――元の主が揃った家は数日、宴会のような賑やかさだった。入れ替わり立ち替わり訪問客がやって来て、祖父母の帰りを歓迎した。 本当に愛されていたのだなと、その光景に暁治は驚きもしたが、誇らしい気持ちにもなる。 毎夜の宴で、英恵ととも…

末候*蒙霧升降(ふかききりまとう)

 その日は朝から霧が出ていた。 小脇に洗濯物籠を抱えた暁治は、縁側でため息をついた。霧が晴れるまで、洗濯はお預けだ。これからどうしたものかともうひとつ、ため息混じりに目を落とすと、縁側でごろりと寝そべっているつっくんがいた。 朝のラジオ体操…

次候*寒蝉鳴(ひぐらしなく)

 そうめんというものは、わりと奥が深いものだと思う。 水が少ないとくっつくし、気をつけないとすぐに吹きこぼれてしまう。すぐに氷水に取って締めるとざっくりザルに盛り付ける。 おしゃれに一口分ずつに小分けなんてしない。百年単位で育ち盛りな居候ど…

初候*涼風至(すづかぜいたる)

 ひゅるりと、冷たいものが頬をなでた気がした。 暁治は思わず足を止めて後ろを振り返ったが、背後には誰もいない。 首を傾げると、またふわりと首筋をなであげられる。ほんのり冷たい風だ。くんっと匂いを嗅ぐと、少し香ばしい匂いがする。どこかで火でも…

末候*大雨時行(たいうときどきにふる)

 その日は朱嶺が珍しく殊勝に『お願い』をしてきた。滅多にないことがあると雪が降るとか槍が降るとか。そんなことを考えたが、持ちかけられた話は暁治にとっても悪いものではなかった。 それは夏の風物詩――花火大会への誘いだ。たまには息抜きも必要だよ…

次候*蓮始開(はすはじめてひらく)

 恥の多い生涯を送って来ました。とは、誰の言葉だったか。 恥が多いと言えば、暁治とて負けたものではないと思うし、ほぼ毎日恥をかいている気がする。 昨日も初めて担任の代わりにHRを受け持ったところ、黒板に文字を書こうとして、五本連続でポキポキ…

初候*温風至(あつかぜいたる)

「なんや、うちのがすっかり世話になってもうたみたいで、すみませんなぁ」「あぁ、いえいえ」 玄関先で頭を下げるのは、雨降小次郎の保護者だという初老の女性だ。 雨師と名乗っているが、本当なら雨の神さまということか。そろそろ梅雨明け時期ということ…