可惜夜に浮かれ烏と暁の月

末候*半夏生(はんげしょうず)

 長雨が続く季節、田舎町は少しばかり風情があるように見える。しとしとと降る雨の中、田んぼでカエルが跳ねたり、あじさいの葉の上にカタツムリがいたり。なにより都会と違うのは草葉の匂いがすることだ。 それは蒸し蒸しとした湿気と熱気ばかりの街中では…

次候*菖蒲華(あやめはなさく)

 雨降りが続く梅雨真っ盛り。梅雨の季節と言えばあじさい、というのが定番だけれど、校庭の花壇にはそれとは違う花が咲いている。 紫や青や白――すらりとした立ち姿や花の形などは、自宅の庭に咲いていたアヤメに似ている。しかし庭でそれが咲いていたのは…

末候*梅子黄(うめのみきばむ)

 居間と台所の間にある柱には、小さな傷がある。たくさん、というわけではないが、暁治の腰くらいの高さから、肩の辺りまでさまざまだ。 その犯人の一人である暁治は、刻まれた傷のひとつをするりとなでた。 柱の傷がどうのと言ったのは、端午の節句の歌だ…

初候*螳螂生(かまきりしょうず)

「ねぇっ、はるっはるっ!」 背中から声をかけられて振り返ると、赤茶色の髪をした少年が、手にした枝をゆらゆらと振った。 青々とした葉をつけた、のびやかな若枝だ。「ねぇ、これって、お豆腐みたいじゃない?」 言われてみると、枝の先にふわふわぷるん…

末候*麦秋至(むぎのときいたる)

 この歳になって、指切りをすることがあるなんて思いもしなかった。目の前で結ばれた小指と小指。ぶんぶんと縦に振られるそれを暁治は呆れたような目で見つめてしまった。「ゆ~びきりげんまん、うっそついたら針千本の~ますっ」 どこ間延びしたような歌声…

次候*紅花栄(べにばなさかう)

 絵を描くのが好きで、子供の頃から色々なものを描いてきた。けれどただ一つだけ、暁治には苦手なものがある。それは――人を描くことだ。これだけは昔から得意ではなく、絵の品評会などでは見向きもされない。 ひどくデッサンが崩れているわけでも、ひどく…

末候*竹笋生(たけのこしょうず)

 子供のころはさほど気にしたことはなかったのだが、採れたての野菜の美味さは格別だ。 野菜はもいだ瞬間から味が落ちる。 先日も兼業農家を営むお隣の山田さんが、差し入れのトマトを食べて唸る暁治を見て、胸を張って言ったものだ。とうもろこしもキャベ…