はじまりの恋

始まり05

 人のざわめきがあふれている。そんな広い空港の中を僕はいま足早に歩いていた。片手に握りしめたメモには到着便の便名と到着時刻が書かれている。 飛行機の到着時間が間近に迫り、三人は駐車場に行く前に僕を到着口のあるターミナルで下ろしてくれた。飛行…

始まり04

 走り出した車の中は、途切れることなく賑やかな笑い声と話し声が広がる。今年の春に就職をしてからなんだかんだと三人とも忙しいので、近頃集まるのは週に一度あるかないかのようだ。 今度いつ集まるとか、どこへ出かけるだとか。そんな会話をしている三人…

始まり03

 あれからしばらくみんなで話をして、お茶を飲んでお菓子を食べて過ごした。そしてそのあとは各々の仕事に戻っていった。放課後になってもやることはたくさんある。 小テストを作成したり課題をチェックしたり、そんな細かい作業をしながら仕事をこなしてい…

始まり02

 人を手のひらの上で転がしてしまいそうなところは相変わらずだが、峰岸の教師としての評価は高いと言ってもいいだろう。生徒に人気があるのはもちろん、父兄たちの評判もいい。 顔のよさもそれに含まれているかもしれないけれど、元々スキルが高いので気配…

始まり01

 あれから藤堂は学校へ復帰して、無事に卒業を果たした。休んでいたあいだの分は課題やテストで補ったけれど、それは藤堂にとってあまり難しいことはではなかったようだ。 そして卒業後は慌ただしいくらいすぐに時雨さんの元へと旅立っていった。寂しいと言…

別離34

 ひたすら二人で抱きしめ合って、お互いに腕の中に閉じ込める。それだけで切なさに染められていた心は少しずつ満たされていく。これから残された時間の中で、あふれるくらいに藤堂を心の中に詰め込もう。 いつでも思い出せるように、泣き言なんか言わないよ…

別離33

 どんな時でもひたむきに僕を愛してくれる藤堂。僕のことを誰よりも想ってくれている優しい人。彼は傷つきながらそれでも懸命に負けてしまいそうな自分に抗おうとする。 繊細で弱くて脆いけれど、心の芯にあるものはきっと金剛石のような輝きがあるんじゃな…

別離32

 離れることは辛いけれど、きっとこの距離は藤堂を変えてくれるはずだ。そう信じているからこそ、僕はその背中を押してあげられる。ゆっくりと身体を離して、まっすぐに藤堂の瞳を見つめた。 涙で潤んだその目は薄明るい中でもキラキラして見えて、それに誘…

別離31

 藤堂から発信された「助けて」の言葉は――初めてこぼれた彼の本心だ。もう限界だったのかもしれない。いまにも壊れてしまいそうな繊細な心が、ひび割れ軋みを上げていたのだろう。きっと砕け散る寸前だったに違いない。 僕を抱きしめて何度も「離れたくな…

別離30

 いまだ眉間にしわを寄せている藤堂の髪を指先で梳いて、手のひらで目元を優しく撫でる。何度も何度も撫でていると、次第に藤堂の表情が和らいできた。「佐樹さん」 小さな声が僕の名を呼ぶ。まだ閉じられたまぶたは開かないけれど、僕の気配を感じているの…