はじまりの恋

接近06

 もともと渉さんはいつも笑っていて、あまり表情が読めないタイプだ。でも今日は珍しくその仮面が外れた気がする。あんな無表情は初めて見た。それだけ本気ってこと?「……」 ふいにテーブルの上でコトリと小さな音が鳴った。その音に顔を上げて見れば、缶…

接近05

 渉さんの反応に気づいて僕も首を傾げようとした瞬間、身体が勢いよく後ろへ引っ張られた。よろめき身体が後ろへ倒れると背中が温かな壁にぶつかる。「と、藤堂?」 背中に触れたその感触に慌てて振り向けば、藤堂が目の前に立つ渉さんをじっと見ていた。し…

接近04

 通りを抜けきり目的の場所へたどり着くと、僕は上がった息を整えるように両膝に手をつき俯いた。その目の前では藤堂がしれっとした顔で立っている。 こんなところで歳の差を大いに感じて、自分の体力のなさを恨めしく思ってしまった。いや、日頃の運動不足…

接近03

 食事が進むとさすがに藤堂もいつまでも僕を見てばかりではなくなった。ほっと息を吐いてのんびりとスープを啜る。ようやく味がしっかりわかり始めた気がした。「そういえば。藤堂、今日バイトは?」 昼時になり混み始めた店内を見てふと思い出す。飲食店で…

接近02

 しばらく駅前をふらりと歩き、結局手近のカフェに入ることにした。 店内はそれほど混みあってもなくほっとする。正直騒がしい場所はあまり好きではない。店の奥へ案内され、水とメニューを置いて去っていった店員の背中を見送っていると、藤堂はなぜか僕の…

接近01

 駅の改札ではひっきりなしに人が出入りを繰り返している。目の前で流れていくそんな人波を眺めながら、僕はふと空を見上げる。青空に白い雲は少なくまさに快晴。本当にいい天気だ。「洗濯でもしてくればよかったかなぁ」 空を見上げたまま、ぼんやりそんな…

告白06

 指先で箱をつまみながら藤堂は僕を見下ろし目を細めた。その目には明らかに呆れの色が含まれている。「食堂へ行くのが面倒と言うのはまだいいとしても、購買に行くならもっとましなもの食べませんか」「ああ、パンとかおにぎりとかってこう、片手に持っても…

告白05

 どうやら僕は普段の大人びた雰囲気と、少年らしい歳相応な表情のギャップに弱いようだ。彼がくるくると表情を変えるのを見ているとなんだか胸が騒ぐ。「わかった、わかったからそんな恨めしい目で見るな!」 耐えきれず、手にしていた鞄から携帯電話を取り…

告白04

 そして案の定、思考停止していた時間の分だけ仕事に追われ、すっかり陽も暮れてしまった帰り道。僕はいつもとは違う、一つ手前のバス停を降り一人歩いていた。「静かだな、ここは」 一本向こうの道へ行けば、忙しなく車が行き交う繁華街がある。けれどいま…

告白03

 ゆるりと口角を持ち上げ、にやりと悪い笑みを浮かべた片平に顔が引きつる。そしてそれと共に背中を冷たい汗が伝ったような気がした。「なにその反応。怪しい、藤堂優哉が気になるの?」「え? あ、それはちょっと色々あって」「ふぅん。そう、色々って?」…