短編

好きすぎて困る

鍋の中で煮える野菜は、不揃いで繊細さが欠片もない。でも彼は満足感があるからと笑う。スパイシーな香りはカレーだ。二人が大好きな食べもの。向かい合って手を合わせた。舌が子供の彼は中辛でも四苦八苦。甘口にすればいいものを、辛いのが好きすぎてやめら…

願いの先にあるもの

はらはらと散る赤茶色。長かった髪がサクサクと自分の手で短く揃えられていく。願掛けだなんて言っていたのに。もう願いは叶ったのか。鏡の中で満足そうに笑う顔を見ていると、胸が苦しくて涙が出た。好き、でした。思わずこぼれる言葉。けれどあなたはその言…

雨なんか嫌いだ

雨が降ると君は僕の元に来ない。それは小さな約束だからだ。あなたに太陽をプレゼントするから、そう指切りを交わした。だから雨の日に君は来ない。そんな約束、大人になったら無効じゃないのか。いつだって君を待つ。僕は雨が嫌いだ。君が笑ってくれるなら、…

なにして欲しい?

君がふと視線を上げた。僕はただ、キラキラと光を反射する、長いまつげに溜まる雨粒を見ていただけ。そんな僕に君は問いかける。でもいまはそのまぶたにキスがしたい。もっと近くで煌めく瞳を見ていたい。君はもう一度、僕に優しく問いかける。雨で濡れる肩を…

髪を撫でる指

いつも僕の髪を梳くように撫でる貴方の手は温かい。大きくて分厚くて少しだけ不器用そうな指先。愛おしいその指が頬を撫でる。それはキスがしたいの合図。口下手な彼の小さな癖だ。だから僕は気づかないふりをしてキスをせがむんだ。そうすれば貴方は優しい指…

初恋の人でした。

初めて出会った時、光が射して見えた。大げさだって貴方は笑うけど、すごく心が震えたんだ。あとにも先にもそんな思いをしたことがない。恋を知らなかった俺の初めての経験。初恋は実らない、誰が言ったんだっけ?その手を掴んだ時、貴方は嬉しそうに言ったん…

言えなかった

君が僕を好きだなんて言うから慌ててしまった。好きになってごめん、そう小さく呟く姿に胸が騒ぐ。嬉しい、僕もだよ。喜び勇んで言いたくなったけれど、本当なら君は手の届かない人。その手を取る資格がないことを僕は知っている。だからなにもない顔で言うん…

身体ごと全部

揺れる君の髪が光を受け止めてキラキラと輝く。琥珀色の瞳を縁取る長いまつげは頬に影を落とした。「綺麗だね」そう呟いたら目を細めて笑う。「馬鹿、それはお前だ」「え?」呆れた笑顔。伸ばされた手に頭を撫でられて胸の音が跳ねる。頬を熱くすれば両腕にす…

抱きしめたい

それなのに、柔らかくて甘い囁き声だけが消えてくれない。悲しそうに呟いた彼の声が掠れて小さくなる。なくしてしまったものを掴もうとする手が空しく握りしめられる。寄り添う僕の声など、届いていないのかもしれない。それでも離れることはできなかった。も…

愛しの君より

きっと遅かれ早かれ抱く感情「お父さんなんて大嫌い」必ず子供に言われる台詞だと言われていた。けれど嫌われるのが嫌で自分はたくさん子供へ愛情をかけた。好き、大好きを繰り返したら「お父さん、大好き」そうまっすぐに育った息子が耳元へ囁いてくる。でも…

君と勝負

「お前を殺す」ふいに聞こえた物騒な台詞に驚いて振り向けば、燃えたぎるような瞳がそこにある。息を飲んだ俺に、彼は不敵な笑みを浮かべた。「いざ、尋常に勝負!」「えっ? ちょっと! これはそういうゲームじゃない!」隣でコントローラーを握る彼に突っ…

君への想い

あの日から、ずっとこの時を待っていたのだ。待ち焦がれた瞬間に胸が躍る。誰もいない教室でそっと背後に忍び寄り、そして俯く君へ両手を伸ばした。「だーれだっ」「一年B組、南雲真司、古典的な遊びをするな!」「あいたっ、なんか恋人っぽいでしょ?」振り…