元々整っている容姿と相まって、峰岸は黙っていれば大人顔負けの落ち着きと雰囲気を醸し出す。けれど実際のところは、幼い子供がそのまま身体だけ大きくなったような性格だ。彼がしでかすことは子供っぽいとは決して言えないけれど。周りはきっとそのギャップに振り回されて手を焼くのだろう。
「峰岸は台風みたいな巻き込みタイプだな」
遠慮も容赦もなく近くのものを巻き込んで、なに食わぬ顔で通り過ぎていく台風。でも過ぎ去ったあとには晴天が広がる。決してこの子も悪い奴ではない。それはこうして接するほどによくわかる。
「あんまり派手に暴れてくれるなよ」
ため息交じりに呟いたら、目の前の峰岸がふっと頬を緩めて笑った。その表情に首を傾げると、急に藤堂の腕に力がこもる。
「あまりこいつには関わらないでください」
「え?」
不機嫌そうな藤堂の声に顔を上げれば、さらにぎゅっと抱きしめられる。もしかしてヤキモチを妬かれたのだろうか。
「残念ながら、俺とセンセはこれからしばらくは一蓮托生」
なあ、センセ。と笑う峰岸に一瞬首を傾げかけて、僕は「ああ、そうか」と呟き返した。ことの発端を思い出して、つい苦笑いが浮かぶ。
「どういうことですか」
「え、ああ、創立祭実行委員会の顧問することになった」
訝しげに眉をひそめる藤堂にそう言えば、途端にその顔が険しくなる。微かに感じる怒りオーラで肌がなんとなくピリピリとする。
「なんでそうなるんですか」
「成り行きで」
さして気にせずそう言葉を返したら、あからさまに呆れられ大きく息を吐き出された。ほかに担当できる先生もいなかったので仕方ないことなのだけれど、ここまで藤堂の機嫌を損なうとは思わなかった。
「そうカリカリするなよ。俺は仕事が楽になるし、藤堂とセンセはなんの気兼ねもなく毎日会えるんだから」
「お前がいなければな!」
肩をすくめる峰岸に声を荒らげる藤堂の表情はますます険しくなる。しかしこの取り付く島もないくらいの不機嫌さになんとなく覚えがある。ここ最近の記憶を反すうしてみれば、先日三島と交わしていた電話口の会話を思い出した。あの時の不機嫌さも峰岸絡みだったのかと、つい大きなため息がもれてしまう。
本当にそうならば、峰岸は藤堂にとってかなりのトラブルメーカーだ。
「恋愛に障害は付き物だぜ」
「障害どころか有害だ」
顔しかめる藤堂に峰岸は小さく声を上げて笑っている。
僕が記憶整理をしているあいだにも、藤堂と峰岸のやり取りは続いていた。どうも二人をこのままにしておくのは鬼門のようだ。
「峰岸、そろそろ教室行け。また昼に詳しく話は聞くから」
「……」
急かすように慌てて声を上げた僕に少しだけ首を傾げ、峰岸はなぜか藤堂を見つめてから、微かに肩をすくめて息をつく。
「まあ、センセがそう言うならしょうがないな」
そして手に持ったままだったファイルをひらひらと振りながら、峰岸は踵を返して部屋を出て行った。その後ろ姿にドッと力が抜ける。カタンと音を立てて目の前の戸が閉まれば、藤堂がそれを見計らっていたように僕の頬に顔を寄せた。
「藤堂、突っかかり過ぎ」
「わかってます。でもあのくらいは言っておかないと、また繰り返すんですよあいつは」
腰に回されていた腕を叩けば、逆にそれに力を込めて抱き寄せられる。そして隙間がなくなるくらい身体が触れ合えば、馬鹿みたいに僕の心臓は暴れ出してしまう。顔が熱くて仕方がない。
「藤堂、お前もそろそろ」
鼓動が早くなり無意識に身体を離そうと肩に力が入る。けれどそれを遮るように肩を押さえられ、思わず不満をあらわにした顔で藤堂を見上げてしまった。
「佐樹さん」
「馬鹿、学校で呼ぶな」
「誰も聞いてないです」
「そういう問題じゃない」
先生という敬称から呼び名が名前に変わったことは嬉しいのだけれど、癖がつき学校でなにかの拍子にそう呼ばれてしまってはさすがに困る。しかし咎める僕とは裏腹に藤堂はまったく悪びれた様子もなくこちらを見下ろす。
「佐樹さん、好きです」
藤堂は小さく僕の名前を呟き、後ろから覆い被さるように身を屈める。
「し、知ってる。ちょ、待て藤堂!」
ゆっくりと顔を傾けた藤堂が目の前に迫る。そしてそれがなにを意味するかがわかっていても、口ばかりで動かない自分の身体が恨めしい。
お互いの鼻先がつくほど顔が近づくと、藤堂と目が合い嫌でも顔が熱くなる。至極優しく笑う藤堂のアップに耐えきれず、ぎゅっと目をつむれば、唇に柔らかな感触が触れた。何度か軽くついばまれ、舌先でゆるりと唇の輪郭をなぞられれば肩が震える。
「可愛い」
小さなリップ音を立てながら離れていった、藤堂の口元を無意識に目で追ってしまう。それに気づき我に返ると、激しい羞恥を覚え僕は思わず藤堂の胸に顔を埋めた。
「このあいだは不意打ちを食らいましたけど、やっぱり佐樹さんは佐樹さんですね」
僕の反応に気をよくしたのか、藤堂は顔中にキスの雨を降らす。それは微かに触れる程度のくすぐったい感触だったが、僕は恥ずかしくていますぐにでも気を失ってしまいたいほどだ。
「もうやめろよ。お前も早く教室行け」
いまだ迫る顔をやんわりと押しのけ口を曲げると、小さく笑い声を上げて藤堂は僕の身体を離した。
「わかりました。じゃあ、またあとで」
「早く行けって」
去り際に僕の手を取り指先に口づける藤堂。さり気なくそれをしてしまう彼に激しくめまいがした気がする。
「この先、心臓は持つのか自分」
姿の見えなくなった恋人へ一抹の不安。
性急にことを進められてしまうような雰囲気もなく。ゆっくりとこちらのペースに合わせてくれている気はする。それでも彼の一つ一つの仕草や行動に、いささかついて行けていない。
「受け身でいるのってやっぱり不利だ」
彼がうろたえるほどのことがそうそう起きるとは思えないが、なんとか起死回生を狙いたい。やはり自分はかなりの負けず嫌いなのかもしれない。
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