予想外のメンバーも増えたが、なんとか全員揃い園内に入ることになった。この自然森林公園はかなり広く、アスレチックジムやバーベキュー施設があったり、レンタルサイクルでも回れたりするほどだ。敷地内は木々が多く生えているが大きな湖や、景観を生かした建物などもある。和風建築の建物や洋館などの建物、庭園などもあって写真を撮るにはもってこいなロケーションだ。
園内で一番広い広場の一角。大きな木製のテーブルとベンチがある場所にまずは一同は集合した。
「はーい、ではまず注意事項など言うので頭に叩き込んでください」
部員たちの前に立ち、片平が資料片手に説明をはじめた。それを部員たちは真剣な顔をして聞いている。
「で、今回はこちらの公園に部活動として園内を撮影する許可を頂いていますが、写真部の部員はさっき渡した腕章を必ず身につけていてください。ほかのお客さんもたくさんいるので絶対に迷惑かけないように。そして今日は西岡先生のお力添えで、ものすごーく、とてつもなくものすごく特別に講師として来ていただいた方がいます」
後ろに立っている僕ら教師陣をちらりと振り返り、片平はその傍にいた渉さんに視線を移して頭を下げる。その視線を受けて渉さんは笑みを浮かべると、足を踏み出し片平の隣に立った。
園内に入る前から渉さんの存在はかなり目立っていて、部員たちもずっとそわそわしていた。いよいよその正体がわかるのだという期待に満ちた眼差しが覗える。
「はじめまして、今日一日お世話になります、写真家をしてる月島渉です。どうぞよろしくね」
小さく首を傾け満面の笑みを浮かべた渉さんに、部員全員がどよめいた。悲鳴に似た声を上げる子もいて、そのざわめきはなかなか収まりそうにもない。ほんの少しでも写真に関わっていれば、渉さんの名前を知らないなんて人はいないだろう。しかもメディアには一切顔を出したこともない謎めいた有名人だ。そんな人がいきなり目の前に現れて驚くなというのが無理な話だ。
しかもその容姿は名前を大いに裏切る、金髪緑眼の超絶イケメン。その風貌は大抵の人が振り向きたくなるくらいの美しさを備えている。
「しーずーかーにしろっ」
落ち着きをなくした部員たちに片平が大声を上げると、そのざわめきは徐々に弱まりピタリと止んだ。仁王立ちしながら片平が部員全員を睨みつければ、皆佇まいを正して片平のほうを向いた。
「さっきも言ったけど今回は本当に特別なことです。今日ここに月島さんがいることを口外することも、許可なく写真を撮ったりすることも絶対に禁止です。もしも今回のことが外に漏れたり、月島さんの素性が漏れたりしたら、うちの部員アンド今日の同行メンバーからだということは明白です。もしもそんなことになったら連帯責任で全員、人生の汚点になるような罰を用意するのでそのつもりで」
一瞬空気がピンと張り詰めた。片平がにやりと笑うと、部員たちは顔を強ばらせながら直立不動になる。片平は統率力も凄いが、裏で握っていそうな情報などがさらに凄そうで、思わずこちらまで苦笑いが浮かんでしまう。
「まあ、とりあえず固くならずにね。俺でアドバイス出来ることがあればするので、遠慮なく声かけてくれていいから。で、その際はまずみんなの写真を見せて欲しいんだ。人は同じ場所を撮っても人それぞれの視点、感覚、反応などが違うから、決して同じものは撮れない。だから君たちの持つ色を俺に見せて。そうしたら君たちになにが必要なのかがわかるから」
「今日は全員デジタルカメラ持ってきたよねー?」
渉さんの言葉をじっと真剣に聞いていた部員たちは、片平の声に一斉に手を挙げて返事をした。いつもは北条先生のこだわりでアナログカメラなのだけれど、今日は渉さんの希望で全員デジタルカメラを用意してくることになっている。
その場で写真を確認出来るのはデジタルカメラの利点だ。すぐに撮ったものを渉さんに見てもらえる。なるほどそういう理由だったのかと納得して、改めて渉さんを尊敬の念で見つめてしまう。
そういえば僕が渉さんと出会ったのも高校生の時だ。いま同じ年頃のみんなを見ていると、なんとなくその頃の感覚を思い出してわくわくした気持ちになる。
「よーし、じゃあ今日も暑いので水分補給は忘れずに! あっちにある一番左のクーラーボックスにドリンク入ってるから各自持っていってね。それと弁当持参してきたと思うけど、持ち歩くと痛むだろうから、ドリンク隣にドライアイスが入ったクーラーボックスあるから、袋に各自名前を書いて入れておいて」
「あ、ごめん。もう一個いい?」
撮影準備にかかろうと指示を出し始めた片平を遮って、慌てた様子で渉さんが人差し指を顔の前に持ち上げる。そんな渉さんの様子に目を瞬かせながら首を傾げたが、片平はまた皆みんなに集合をかける。
「ごめんねぇ、大したことじゃないんだけど。俺のことは渉って呼んでもらえるかな? 名前を統一してもらえるとフルネームがバレないので」
確かに些細なことだが、言われてみればその通りだ。皆一様に感嘆の声と了承の声を上げた。
「あずみちゃんもよろしくね」
「あ、はい」
ふいに振り返られた片平は少し驚いたように肩を跳ね上げて、小さく頷いた。その表情に目を細めて笑うと、渉さんは片平の頭を軽く撫でてこちらへと向かってくる。
「佐樹ちゃんはこれからどうするの?」
「あ、僕は北条先生と交代で荷物番するから、手が空いたら生徒たちを見て回るよ」
「彼氏くんはいいの?」
急に耳元で囁かれた言葉に心臓が一瞬跳ね上がる。そしてその言葉で思わず視線を藤堂へと向けてしまった。
視線の先の藤堂は写真部の女子たちに囲まれ困ったように笑っている。被写体にしたくなるのも当然か。髪型や眼鏡はいつも学校でしているのと変わらないが、やはり私服になるとぐんと大人っぽくなる。峰岸同様、シャツにデニムにスニーカーというシンプルな服装だが、やけに目立つ。これは贔屓目ではないと思う。
「モテモテだね」
「い、いつものことだから」
「ふぅん」
意味ありげに相槌を打った渉さんは子供をあやすみたいに僕の髪に触れる。そして俯きがちな僕の髪に口づけを落とした。
「渉さーん」
「はーい」
驚いて顔を上げた時には、渉さんは写真部の生徒たちに呼ばれ駆け出していった。髪に残された感触がなんだかくすぐったくって、触れられた場所をいじっていると、ふいに視線を感じる。その視線に顔を上げれば、こちらを見ている藤堂のものと重なった。まっすぐな視線に射止められ、顔が一気に熱くなる。それが恥ずかしくて慌てて俯いたら、しばらくして人が近づいてくる気配を感じた。
「西岡先生」
そして聞こえてきた声にさらに動揺してしまう。けれど生徒やほかの先生もいる場所でこれ以上うろたえるわけにはいかない。平常心、平常心と心の中で何度も呟きながら、僕を見つめている藤堂の顔を見上げた。
「どうした?」
「いえ、どうしたってわけじゃないんですけど」
困ったような笑みを浮かべる藤堂の表情を見て、さっきの場面を見られていたんだと気がついた。しかしここで言い訳するのもなにかおかしい。じっと藤堂を見つめて考えを巡らせていると、ふっと視線が外れる。急にそらされた視線に戸惑い、視線の先を追いかけると小さくため息をつかれた。
「えっと、怒ってるか?」
「怒ってません。あんまりそんな風に見ないでください」
「そんな風に?」
疑問符を浮かべて首を傾げる僕から視線をそらしたまま、口元を片手で覆い藤堂は顔を俯ける。そして微かに見えた耳が赤い。けれどますます意味がわからなくて、つい藤堂の視線を追いかけてしまう。けれど一向に視線が合うことはなかった。
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