先ほどから目の前で落ち着きなくうろたえている佐樹さんの姿を見て、心の内側に少し苛々が募る。その隣で至極楽しげに笑っている月島を見ているとさらにそれが増した気がした。この二人は友達という括りで見ても、距離感がやたらと近い。それに対して慣れなのだろうが、まったく違和感を持っていないあの人が恨めしく思えてしまう。
「藤堂くん、なんか怒ってる?」
「は? 怒ってませんけど」
ふいに横から間宮に顔を覗き込まれて、言葉とは裏腹に思いきり顔をしかめてしまった。そしてそんな俺の反応に目を瞬かせているその顔にも腹が立つ。これは完全なる八つ当たりだが、思うより先に言葉は口から出てしまっていた。
「存外、あなたも顔が笑ってないですよ」
「えっ」
本当に気づいていなかったのか、間宮は心底驚いたように自分の顔を両手で抑えて困惑している。親しげな目の前の二人を複雑な表情で見ていたというのに、無自覚だったとは意外だ。
「藤堂、顔、怖いって」
ため息をつきながら間宮を見ていると、ふいに伸びてきた手が俺の顎を引く。その手に引かれるまま振り向けば、俺の肩に頭を乗せた峰岸が顔を反らしながらこちらを見上げていた。人の内を見透かすようなにやにやとした顔に眉をひそめてしまう。
苛立ち任せに肩を大きく引くと、そこに頭を乗せていた峰岸はバランスを崩してベンチから上半身が落ちそうになる。しかしそこでそのまま落ちないのが腹立たしい。とっさにベンチの端に腕を付くと、身体を捻って人の膝の上に転がった。
「危ねぇ」
膝の上に仰向けで転がった峰岸はふっと小さく息をつく。そして見下ろす俺の視線に気づくとゆるりと口の端を上げて笑った。けれど峰岸は突然感じただろう身体の痛みに、肩を跳ね上げて上半身を起こした。
「あんた、いい加減にしなさいよ」
「なんだよ、いきなり叩くなよ片平」
思いきりよく叩かれた膝をさすりながら、峰岸は自分を睨みつけているあずみに口を尖らせる。だがそんな表情を「可愛くない」と一蹴したあずみはますます視線を鋭くした。
「なんで今日に限ってそんなにべったりなのよ」
「はぁ? 別にいいだろ。センセはあっちを構いきりだし、そしたら俺には優哉しかいねぇもん。それともあずみちゃん構ってくれんの?」
「全然意味がわかんない。どうしたらそういう方程式が組み上がるのよっ」
わざとらしくふて腐れた態度を見せる峰岸にあずみは苛立った声を上げる。それが峰岸の思う壺だという言うことを気づきもせずに、ムッと口を引き結んでいた。ふいに峰岸の向こうにいる弥彦と目が合うと、困ったように肩をすくめる。勘のいい弥彦には峰岸のからかいがわかるのだろう。
「大体あんたはね」
「はっ?」
さらに問い詰めようと声を上げたあずみの言葉がふいに途切れる。それと共に俺たちも突然大きく響いた声に動きを止めた。反射的に声がしたほうへ視線を向けると、顔を赤くしてうろたえた様子の佐樹さんが立ち尽くしている。
なにごとだろうかと皆一様に目を瞬かせる中、その視線に気づいたらしい彼が慌てて「なんでもない」と声を上げて、ストンと落ちるようにベンチに腰かけた。その隣では至極楽しげに月島が腹を抱えて笑っている。
そんな反応に佐樹さんはますます顔を赤らめてなにやら月島に文句を言っていた。しばらくやりとりを見つめていると、ふいに顔を上げた佐樹さんと視線が合う。けれど彼の視線は合った途端にそらされてしまった。
「なんだあれ」
不思議そうに首を傾げる峰岸は彼をじっと見つめている。俺はまた少し心の内をくすぶらせてなんとなく嫌な気分になっていた。けれど彼に笑いかけていた月島が急にこちらへ向き直り、俺も思わず首を傾げてしまった。
「ねぇねぇ、君と君バイトしない?」
「は?」
突然指を差された俺と峰岸は同じような声を発して首を捻る。一体なにをどうしたらそんな話になるのだろうかと訝しげに見つめると、月島はゆるりと口角を上げて満面の笑みを浮かべた。
「いま俺が依頼されてる仕事でね、素人の、いわゆる読者モデルを使った企画があるんだけど。ピンと来る子が全然見つからなくて詰んでるんだよね。君たち並びがすごくいいからモデルしてくれない?」
「お断りします」
「うわ、即答。一秒も悩まなかったね」
言葉を紡ぐ月島の声に被せる勢いで返事をすれば、一瞬だけ目を丸くした月島は吹き出すようにして笑った。そして隣にいる峰岸に視線を向けると、小さく首を傾げる。そんな視線に峰岸はほんの少し考える素振りを見せてから、月島の視線を見つめ返す。
「藤堂がやるならやってもいいけど」
「うん、いま断られたよね。でもやる気はないわけじゃないんだ」
小さく笑った月島はちっともめげている様子はなく、俺と峰岸の答えは想定内であったのだろう。しかしふいに困ったような表情を浮かべて隣にいる佐樹さんを見つめる。なんとなく嫌な予感がした。
「残念だなぁ、佐樹ちゃん前に俺の仕事場を見てみたいって言ってたよねぇ。まだ俺の撮る人物モデル写真を見たことないって言ってたよねぇ。ああ、佐樹ちゃん先生だから、彼らだったら保護者引率で簡単に現場へ連れて行けるんだけどなぁ。どうしようか佐樹ちゃん」
「え、えっと、確かに見てはみたいけど。無理には気が引けるし」
これっぽっちも残念そうではない声で大げさに話す月島に顔が引きつる。しかし困ったような顔でちらちらとこちらを振り返る佐樹さんの表情に、どうしようもない気持ちが湧いてきた。わかりやすく手のひらの上で転がされているのが一目瞭然なのにだ。
「うっわ、センセその顔、反則だぜ」
苦笑いを浮かべた峰岸が参ったと言わんばかりにうな垂れると片手で顔を覆う。
本当に気が引けて困っているのだろうが、どこか期待に満ちた好奇心満載の表情を浮かべられて、俺たちが頑なに首を振るのは不可能に近い。
「一日だけでいいんだけどなぁ」
追い討ちをかけるような月島の言葉に、佐樹さんの視線がおずおずとこちらへと向けられる。眉尻を下げながら遠慮がちに見つめられて、それを可愛いと思わずにいるほうが無理だ。俺もまた片手で顔を覆うと大きく息を吐き出した。
「俺は夏休みはもう予定空けられません。夏休み明けは日曜しか空いてませんが」
かなり不満はあるが彼の表情に根負けした。無意識だろうけれど、俺の言葉に花が咲いたかのようにふわっと佐樹さんの表情が華やいだ。そんな表情に一瞬だけめまいがする。うな垂れて眉間を指先で揉めば、笑いをこらえて唇を歪ませる峰岸に背中をなだめるように叩かれた。
「夏休み明けの日曜日ね。いいよ、丸一日時間もらうかもしれないからスケジュールは君たちに合わせるからさ。お昼終わったら何枚か二人撮らせてよ。担当に送りたいから」
至極満悦な表情を俺たちに見せると、月島は「ありがとう」と声を弾ませ、おもむろに佐樹さんの両手を握り頬に寄せた。いまこの場所に間宮がいなければ、手近なものを奴に投げつけているか、触るなと口に出しているところだ。そんな気持ちをこらえながら拳を握ると、気持ちを吐き出すように俺は息をついた。
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