店を出てから僕の自宅マンション近くに着いたのは二、三十分くらい経った頃だ。道が空いていることもあり、想像以上にスムーズにたどり着いた。三島と話をしながらだったから、体感時間もあっという間だ。
「あ、三島。マンションじゃなくて、駅前で下ろしてくれ」
「オッケー、そこの脇に停めるね」
ウィンカーを出してゆっくりと路肩に車が止まる。マンションの前ではなく大通りで車を停めてもらった僕たちは、車に積んでいた優哉のキャリーケースを下ろして歩道へと移動した。三島は助手席の窓を開けて僕たちを見上げる。
「二人とも今日はゆっくり過ごしてね」
「ああ、三島もお疲れ様。またみんなで食事でもしよう」
「うん、そうだね。あー、なんだか二人が一緒にいるとこっちまで安心するなぁ」
僕たちが並んでいる姿を微笑ましそうに見つめていた三島は、しばらくすると満足したような笑みを浮かべる。優しい視線を向けてくれる三島に小さく首を傾げたら、今度は楽しげな顔をして小さな笑い声を上げた。
「西やんも優哉も、ようやく一緒にいられるんだね。よかった」
「心配かけたな」
「ほんと、たくさん心配したよー。でもいつかきっとこの日が来るってわかってたから、いまは嬉しいかな」
三島はもちろんだが、片平も峰岸も、優哉が僕の元を離れて時雨さんのところへ行くと聞いた時はひどく驚いていたし、怒ってもいた。僕に心配をかけたあげくに、一人残していくなんてなにごとだって、ものすごい優哉に説教していたっけ。その剣幕には優哉だけじゃなく僕まで驚いた。
だけど三人の心配は痛いほど伝わってきたし、すごくありがたかった。僕のことを僕以上に考えてくれているのが感じられた。だから優哉も三人に頭を下げて謝った。そして必ず帰ってきて、僕を幸せにするからって言ったんだ。
「優哉、ちゃんと約束守ってよ! 西やんを幸せにしてね」
「もちろんだ」
「うん、信じてるよ。それじゃあ、西やんも優哉もまたね」
優哉の言葉に満足げに頷いた三島は、至極嬉しそうに笑って手を振った。
「ああ、またな」
振られた手に片手を上げて返すと、三島は車のエンジンをかけて颯爽と夜の街を走り抜けていった。その車の姿が見えなくなるまで見送った僕たちは、駅前にあるスーパーへと寄るべく足を進める。
家に帰ってもろくな食べ物がないので、優哉が食べる食料を買って帰らなければ、朝ご飯の用意も難しいのだ。食パンくらいはあるけれど、それしかないと言ったほうがいいかもしれない。
「外食が多いんですか?」
「うん、まあ多いかな」
「またお昼はお弁当作りますね」
「ありがとう」
くすぐったいやり取りがすごく懐かしい気持ちになる。それに一緒に買い物をするのがとても久しぶりで、それだけでなんだかちょっと気分がよくなってしまう。
カートに乗せたカゴに言われるままに食材を入れていく。そんな些細なやり取りも、優哉が泊まりに来ていた時はよくしていた。少しばかり真剣な横顔を見つめていると、自然と笑みが浮かんでくる。
「こんなもんですかね」
「思ったより買ったな」
あれこれとカゴに入れたものを会計すると意外と量があった。ビニール袋二つ分の食材をそれぞれ片手にぶら下げて、僕は思わず笑ってしまった。一人だったらこんなに買い物することはそうそうない。しかし二人分の重みと思えば少し口元が緩む。二人きりになって、ますますそんなことばかり考えてしまう。
「佐樹さんご機嫌だね」
「そうか?」
「両手が塞がってなかったら、抱きしめたいくらいに可愛いです」
「恥ずかしいこと言うなよ」
緩んだ頬を誤魔化すために口を引き結んだけれど、優哉の笑みを見たらその力も抜けてしまった。手を繋げない代わりに肩を寄せ合って、僕たちはマンションへと向かって歩いた。いつもと同じ帰り道なのに、優哉が隣にいるだけですごく心が浮き立つ。
「あ、手紙届いてる」
「んー、手紙には明後日に帰るって書いてあるんですけどね」
マンションについて郵便受けを覗いたら、優哉からの手紙が届いていた。それを後ろに立つ本人に見せたら、少し困った表情を浮かべて肩をすくめる。
「メールすればよかったですね」
「思いつかなかったんだろう。仕方ない、きっと僕でも手紙を書いてるさ」
「せめて急な変更くらい連絡できたらよかった」
郵便のやり取りは十日くらいかかるけれど、いつもの習慣で手紙を書いて送ってしまったのだろう。肩を落とす優哉の背をなだめるように叩いて、僕は大したことじゃないと笑みを返す。
「弥彦からもたまたま連絡をもらって返事をしたくらいで。連絡もらってなかったら誰にも伝えず帰るところでした」
「忙しかったんだろうからあんまり気にするな。こうして無事に会えたし」
「すみません。でも今後は気をつけます」
いままでそんなにそそっかしいところはなかったし、よほど身の回りが忙しかったのだろう。予定も急に変更になったみたいだから、きっと色々と大変なんだな。なにか僕でできる手助けがあればいいのだけれど、なにかあるだろうか。
「僕にできることがあれば、なんでも言ってくれよ」
「はい。でも佐樹さんにはこうして傍にいてもらえるだけでも心強い気持ちですよ」
「そうか、だけど僕はもっとお前の役に立ちたいよ」
「その気持ちがすごく嬉しい」
僕を優しく見つめる眼差しを見つめ返したら、そっと唇に温かなぬくもりが触れた。心に染み渡るみたいなそのぬくもりに、胸が温かくなって頬も熱くなる。けれどもっとぬくもりが欲しくて、優哉の腕を引いて目を閉じた。
そうしたらまた唇に優しく優哉の唇が重なった。先ほどよりも長い口づけに心が満たされるような気持ちになる。
「もっと佐樹さんに触れたいから、早く部屋に帰りましょう」
「うん、そうだな」
唇、頬、こめかみに寄せられた優哉の唇がそっと離れていく。名残惜しさも感じたけれど、優哉が言うように早く部屋に戻って二人だけになりたかった。エレベーターに乗って、足早に廊下を抜けて、僕たちは二人の部屋に向かう。
扉の鍵を開けるのもなんだかもどかしいくらいで、急いで開けるとまっすぐに僕たちはリビングへと足を向ける。廊下とリビングを仕切るガラス扉を開いて中に入れば、後ろから伸びてきた腕に抱きすくめられた。
「なんかすごく帰ってきたって感じがする」
「これからは毎日ここに帰ってくるんだぞ」
「嬉しいです。ようやく佐樹さんのところに帰って来られた」
強く抱きしめられていると背中からぬくもりを感じて、それだけで胸がドキドキとしてきた。そしてその胸の鼓動を感じれば、こうして傍にいる彼が本当に帰ってきたのだと実感できる。
振り返ると自然とお互いの視線と視線が絡み合う。そして二人きりの時間を堪能するように抱きしめ合って、いままでの隙間を埋めるみたいにキスをする。
高鳴る胸は収まることはなく、身体が火照るほど触れ合ってようやく心は満たされた。覚え立てのキスをするみたいに、何度もついばんだ唇はほのかに赤く染まっている。頬も上気して熱くなっていた。お互いのそんな必死さに顔を見合わせて笑い合う。
「片付けて風呂にでも入るか」
「そうですね」
床に放って置かれたビニール袋を持ち上げて、僕たちはのんびりとキッチンへと向かった。明日も明後日もこうして隣にいるのだと、そう思うだけで嬉しくて自然と動きも軽やかになる。幸せがあふれるってこういうことなんだな、なんて思って自然と笑みがこぼれた。
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