目的の場所は電車に揺られて三十分、駅からは徒歩十分と少しくらいだろうか。のんびり二人で話をしながら移動する、なに気ないそんな時間が嬉しくてずっと僕の顔は緩みっぱなしだ。
相変わらず人目を引く優哉は色んな視線を振り返らせていたけれど、僕が不満そうな顔をするたびにそっと手を握ってくれた。だからそのたびに優越感に浸ってしまい、もやもやすることがなかった。肩を寄せて歩くだけで幸せな気持ちになる。
「どこから見ようか」
目的地であるショールームにたどり着くと二人でフロアガイドを見上げる。十階まである店舗の中はリビングやダイニング、ベッドルームなど様々なテーマごとに分かれいるようだ。目的はソファやベッド、それと優哉の書斎の家具だから階ごとに見て回ることになる。
「メインはベッドとソファだし、下から見ていきます?」
「うん、えーと、寝具のフロアは四階か」
ソファが置いてあるリビングの家具は六階、デスクや本棚がある階は七階だからあとは順に上がっていけばいい。エレベーターを呼んで、まず僕たちは四階へ向かうことにした。
「あ、仕事のメールを返してもいいですか?」
「ああ、いいよ」
エレベーターの中でふいに携帯電話を取り出した優哉がすまなそうにこちらを見る。それに頷き返しながら、僕は彼の真剣な横顔を見つめた。
こんな風にじっくり顔を見るのは久しぶりな気がするが、よくよく見れば目の下にうっすらクマができている。
少し疲れが溜まっているんじゃないだろうか。勤める店が新規オープンだから、メニューなどを一から決めなくてはいけないようで、家でも毎日遅くまでパソコンに向かい打ち合わせしていた。
眠るのはいつも僕よりも遅いから睡眠時間は短いのかもしれない。
「佐樹さんどうしたの? そんなに難しい顔して」
「いや、いまからそんなに忙しくて大丈夫なのかと思って」
休みとかはちゃんともらえるのだろうか。少し優哉に負担がかかり過ぎているような気がするのだが。けれど優哉はやりがいを感じてやっているみたいだし、余計なことは言えない気もした。それに頑張っているのなら応援もしてやりたい。
「ありがとう佐樹さん。でも大丈夫ですよ」
「うん、お前が大丈夫って言うなら、信じるよ」
まっすぐに僕を見て笑う優哉の顔を見たら、頑張れって言葉しか浮かばない。彼にとっては新しいスタートだし、その分だけ気合いも入っているのだろう。夜遅くまで大変そうだけれど、辛そうにはしていない。むしろやる気に満ちているくらいだ。
「無理し過ぎず頑張ってくれ」
「はい、気をつけますね」
顔を見合わせながら笑っていると、ちょうどエレベーターが目的の階に到着した。扉が開いた向こうへ足を踏み出せば、柔らかな照明に照らされた空間が広がる。休日だからか店内は思ったよりも人が多いようだ。それでもフロアは広いので窮屈さはなく、ゆっくり見て回れそうだ。
「いまのベッドはセミダブルでしたっけ」
「ああ、でも買ってからだいぶ経つし買い替えたい。そのベッドは廃棄かリサイクルかな。うーん、二人で寝るなら広いほうがいいし、買うとしたらダブルかクィーンサイズかな」
狭いベッドで二人くっついて眠るのもそれはそれでいいのだが、お互いの時間のずれも出てくると睡眠の妨げになると困る。そのためいまはお互い仕事の日にはベッドと布団に分かれて寝ていた。これから先、毎日となるとやはり広いベッドのほうがいいだろう。
「けどベッドの搬入とか考えると、セミダブルを二つ並べるのでもいい気はするんだけど。どっちがいいかな?」
「うーん、そうですね。広いベッドもいいですが、俺たちは時間が少しずれているし、ベッドは別々でもいいような気もします」
「そっか、そうだな。寝ている時に起こしてしまうのはやっぱり気になるもんな」
寝室は十畳ほどはあるのに、いまはセミダブルのベッド一つと僕の机、あとはサイドボードくらいしかない。その机も書斎へ移すことになっているので、広さにはだいぶ余裕がある。やはり購入後のことを考えると確実なほうを選ぶのがいいかもしれない。
「セミダブルならいまのと大きさ変わらないし、一緒に寝たくなった時はくっついて眠れますよ」
「じゃあ、やっぱりそっちのほうがいいかな。大きいより少し狭いほうがいっぱいくっつける」
いつも一緒に寝ると僕は優哉にぴったりとくっついてしまう。抱きついて腕の中で寝ると、心音がよく聞こえてすごく落ち着くのだ。それを考えるといまのサイズは決して狭くはなかった。僕にとっては、だけど。
サイズが決まればあとはフレームやマットレスを選ぶだけだ。二人であれこれ意見を出し合いながら一つずつ見て回る。
一緒に新しいものを買うのは初めてだから、なんだかすごく楽しくてわくわくする。二人でベッドに寝転んで寝心地を確かめたり、フレームの収納力に驚いてみたり、フロアの端から端まで歩いて回った。
「こうやって家具を一緒に選んでると、これからも一緒にいられるんだって実感するな」
「佐樹さんとこの先も暮らせるんだと思うとすごく幸せな気持ちです」
「ああ、僕もそう思う。ここまで長かったしな」
一緒に暮らそうと初めて言った日から随分と時間が経った。あの時の僕は優哉の帰る場所になれたらいいなと思ったんだ。そして叶うなら家族になりたいと願った。
「一緒に暮らすって、家族かな?」
「俺と佐樹さんはもう家族でしょう」
「そうか、じゃあ僕の願いは叶ったんだ」
当たり前のように返事をしてくれる、それだけで胸の中がじわりと温かくなった。優しい笑顔を向けられると、頬が自然と緩んできて少し照れくさい気持ちになってくる。けれど確かなその存在が愛おしくてたまらない。
「お前は、ちゃんと帰ってきてくれたな」
離れて暮らすことになるだなんて夢にも思わなかったあの時、優哉はどんなことがあっても必ず僕の元に帰るからと言った。優哉自身もこうなることを予期していたわけではないはずだ。けれどいまこうして本当に僕の元へ戻ってきてくれた。
「俺が最後に帰る場所は、佐樹さんあなただけですよ」
「うん、ありがとう」
なに気ない約束を忘れずに覚えていた優哉は、あの頃から変わらず僕を想ってくれている。そのまっすぐな気持ちに胸が熱くなった。この気持ちは当たり前なんかじゃないんだってわかるから、なによりも大事にしていきたいと思う。
「佐樹さんはいつだって俺の道を照らす光です」
「お前だってそうだよ。お前はいつも立ち尽くす僕を正しい道へと戻してくれる」
「これからは一緒にその道を歩いて行けるんだって思うと、なんだか夢のようです。佐樹さんに出会ってからずっと傍にいたいと思ってた。ずっと遠くで見ているだけだったのに、こうして傍であなたが笑っていてくれる。それがどれだけ幸せか」
「夢なんかじゃないさ。優哉が僕の手を掴んでくれたんだよ。だからいまがある。手を離さずにいてくれるから、僕はお前の隣に立っていられるんだ。ずっと一緒にいような」
何年先でも隣にいるのは彼だといいなと思う。毎日一緒に笑って、たまには喧嘩なんかもして、色んなことを経験しながら共に歩いて行きたい。いままでたくさん失敗も重ねてきたけれど、優哉となら希望に満ちた明日を描ける気がするんだ。
隣にある手を握りしめて肩に寄りかかると、想いに応えるように優哉は手を強く握り返してくれる。そのぬくもりは言葉にしなくても心が通じているのだと、そう教えてくれる気がした。
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