恋のはじまりはいつだって唐突なものだった。緩やかに想いを育むという人もいるかもしれない。しかしどんな恋も突然始まって突然終わりを迎える。
それはスイッチをオンオフとするような感覚に近い。いつだって心は簡単に移り変わる。だからそれ以外の恋なんて、その瞬間まで知るよしもなかった。
「初めまして、
まっすぐな眼差しで柔らかく微笑んだその人は、訝しむ
その姿はたとえるならば――まさしく熊だ。身体が大きいからヒグマ、いや温厚そうな顔立ちからするとツキノワグマ辺りがいいかもしれない。
じっと彼を見つめていた光喜はこれ以上にしっくりくるものはないと思った。差し出された手も分厚くて大きい。優しく握られると硬くもあり柔らかくもある。熊の肉球はこんなものだろうか、なんてことまで考える。
その人は遠くから歩いてきた時から目に付いて、光喜を見た時ひどく嬉しそうな顔をした。初めて会う相手にそんな顔を向けられる意味がわからない。だから光喜は差し出された手を握り返すのと同時に、綺麗な作り笑いを返した。
「時原光喜です」
これは二月の初め、まだ吹き付ける風が冬を感じさせる頃のことだ。のちに運命的な出会いだったと思い返すことになるのだが、いま光喜の心にあるのは目の前にいる森のクマさんではなく、道ばたに咲く可愛らしいタンポポ。
「しょうりぃ、ねぇ、
「うるせぇなぁ、なんだよ」
「寒い、死ぬほど寒い。凍える!」
待ち合わせ場所にしているのは冷たい風が吹きすさぶ駅の構内。夕刻で人の多いこの場所で三人は周りの視線を集めていた。身体の大きな小津も人目を引くが、それの何倍も目を惹いているのが光喜――今年三度目の春を迎える大学生だ。
彼の日本人離れした顔つきは削り出した彫刻のようなシャープさがあり、ヘイゼルカラーの瞳と柔らかなアッシュブラウンの髪色と相まって、黙っていると歪み一つない整ったビスクドールのように見える。
チェスターコートをすっきり着こなすスタイルの良さ、長い手足。それは日本人の母とフランスとのハーフの父を持つクォーターである由縁だろう。
そんな光喜が先ほどから貼り付いている背中の持ち主は、幼馴染みである笠原勝利――同じくもう少しで大学三年生になる青年。
光喜よりも身長が十センチ以上も低く、ダウンジャケットを着込んだ身体もそれほど大きくない。さっぱりとした短髪の黒髪に一重まぶたの焦げ茶色の瞳。それ以外とりわけ挙げるような特徴はほとんどない。しかし彼こそが光喜が愛してやまない野花のタンポポだ。
「もう、鶴橋さん置いて早く店に行こうよ! 温かいもの食べたい! ビール飲みたい!」
「いま電車を降りたとこだって、ちょっと待ってろよ。こらえ性がねぇなぁ」
「俺が寒いの苦手だって知ってるくせに! もっとこう愛で温めてよ!」
「うざい、あんまりくっつくなよ」
首に回した腕に力を込めて光喜はぎゅうぎゅうと勝利にしがみつく。そんな様子を小津は静かに微笑みながら見つめている。光喜の過剰なスキンシップに大きなため息を吐き出す勝利だが、改札の向こうからやってくる人に気づくと目を輝かせる。
「鶴橋さん! こっちこっち!」
「遅くなってすみません」
改札を抜けてまっすぐと三人の元にやってきたのは、華やかな光喜とはまた違う落ち着いた雰囲気を醸し出す紳士的な男前。後ろへ撫でつけた黒髪と穏やかそうな眼差し。ダークグレーのスーツとトレンチコートを綺麗に着こなす彼は会社帰りだ。
約束の時間から十五分ほど過ぎて、ようやく揃った面子にじゃあ、と勝利が先陣を切る。これが四人のはじまりの日だった。
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