恋を忘れるためには新しい恋が一番だ。そんなことを言ったのは誰だっただろう。しかし恋をするための教本は書店のあちこちで見かけるけれど、いまの光喜にはどれも役に立ちそうがない。なぜなら小津との新しい恋よりも、いまもまだ勝利との恋がしたいと思っているからだ。
だが、そのためには大きな問題がある。いつだって勝利の隣には、小さな子猫みたいな子しかいなかった。かなり見た目にコンプレックスがあるので、彼は自分よりも背が小さくて可愛らしい子を選ぶ。
百八十センチを越える成人男性にその可愛らしさを求めるのは酷だな、なんて思いながら光喜はショーウインドーの向こうで煌びやかな衣装を身にまとうマネキンを見上げる。
女性のようになりたい願望があるわけではない。けれどもし彼の好みに見合う自分だったら、そう思ってしまう心はあった。そうしたら運命の人と出会う前に――しかしその考えは卵が先かヒヨコが先か、くらいにくだらない。
結局のところ勝利が選んだのは背が高くて、誰が見ても男前だと認めるような人。いままでの好みなんてものは消し飛んだ。初めて鶴橋に会った時から光喜は嫌な予感がしていた。好みの範疇外である男が、もしもの結果を生むかもしれないと。
鶴橋冬悟という男は真っ正直で、感情にブレがなくて、もう本当に勝利しか見ていなかった。まるでストーカーのようだと言わしめるだけの執着がある。だから相手にそんな執着を持たれたことのない勝利はイチコロだった。
当たり前に傍にい過ぎた光喜には敵わない新鮮さと、まっすぐな想いにあっという間にさらわれた。ゆっくりと失恋する暇も与えてもらえないくらいに。
「光喜!」
ぼんやりとガラスの向こうを眺めていると肩を叩かれる。その手に振り向けば、まっすぐな瞳が光喜を見上げていた。その視線を数秒見つめて、目を瞬かせてから光喜はやんわりと笑う。
「勝利、十分遅刻だよ」
「なんだよ、十分くらい別にいいだろ。バイト、代わりのやつが時間になっても来なかったんだよ」
「もう、仕方ないなぁ。じゃあ、あとでアイスおごって」
「……うっ、わかったよ」
不満げに渋々頷く勝利の顔に光喜は声を上げて笑った。その声に目の前の顔はますますふて腐れたものになるが、気にせずに肩に腕を回して光喜は足を踏み出す。その大きな一歩に勝利も慌てたように歩き出した。
「で、小津さんの誕生日プレゼント、なに買うの?」
「うーん、キーケースとか名刺入れとか。普段使いできそうなものかな?」
「そういえば、小津さんってなんの仕事してるんだっけ?」
「ああ、確かレザークラフトとかって言ってた気がする。自宅で仕事してたかな」
「ふぅん。でもそういうの作ってる人にそういうチョイス?」
「あ、自分で作ったものはあんまり使わないんだってさ」
こうして二人で街を歩いているのは決してデートではない。初めて会った時に来月と言っていた小津の誕生日が明日に迫り、プレゼント調達のための集合。しかしあれからなにかあるたびに四人で集まるのがお決まりだったので、大人たちがいない二人っきりは光喜にとっては滅多にないご褒美だ。
しかし気分良く小さな頭に頬を寄せたら、肩に回した腕を叩かれた。それでもめげずに肩を抱き寄せる。こんなにドキドキするのだから、新しい恋なんてそう簡単にできやしない。その時の光喜はそう思っていた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます