二人で電車に駆け込んでからもしばらく手は離れなかった。けれどふと我に返った勝利にもの言いたげに見つめられて、光喜はごめんごめんと軽く笑いながら手を離した。混雑した電車の中で手を繋いでいたって誰も気づきはしないのに、そう思うものの、彼は自分の性癖に後ろめたさを感じている節がある。
お前は怖いもの知らずで、面白半分だからその気持ちがわからないのだ、と説教をされたことがあった。しかし光喜からして見れば、好きな相手に好きだと言うことも、愛おしくて抱きしめたくなることも、恥ずかしいことではない。
ただ、好きになった人が自分と同性だった。それだけのこと。けれど光喜はいままでの人生、勝利以外の男性を好きになったことがない。だから気の迷いだ。冷静になれと呆れられた。
好きという気持ちはもっと単純なものではないのか。恋はいつだって落ちるものだ。けれどそれを言うと負けた気持ちになるので光喜は言葉にしない。勝利が鶴橋に恋に落ちた、それもごくシンプルなものだから。
「あ、冬悟さん先に着いたって」
「そうなんだ。ケーキを先に買っておいてもらったら? 中央の通りをちょっと行った先にあるよ」
「うん、それがいいな……ってめっちゃ混んできたな」
「大丈夫?」
「いまほどお前が大きくて俺が小さいことに納得できることはないな」
次々に乗車してくる人に押されて、反対側の扉に押しやられた勝利は光喜の腕の中に囲われていた。けれどその腕の中で笑みを浮かべてメッセージのやり取りをしている姿に光喜の気持ちはささくれる。
そっと身体を寄せて俯いている額に唇を寄せた。しかしその瞬間、肩が跳ね上がりものすごい勢いで睨み付けられる。
「あ、そろそろ着くよ」
「お前なぁ」
何食わぬ顔で扉の向こうを見る光喜に痛いほどの視線が突き刺さる。けれどそれに気づかぬふりをして開いた扉の向こうに足を踏み出した。人の流れのままに押し出された勝利は慌てたように光喜の腕にしがみつく。
「勝利、気をつけないと転ぶよ」
「だ、大丈夫だ!」
「意外と勝利は動き鈍いからな」
「馬鹿にすんな!」
「あはは、勝利可愛い。ほら、早く行こ」
しがみついた手を解いてまた握りしめる。階段を下りるまで、改札を抜けるまで。その手は振り解かれるのはわかっている。それでも掴んだ手を離さずにふて腐れる顔に光喜は笑みを浮かべた。
改札を抜けると正面の柱のところに見慣れた背の高い男が立っている。遠目からでも目立つその人に光喜はまっすぐ向かっていく。
「鶴橋さんお疲れ!」
「あ、お疲れ、さま……です?」
近づくと穏やかな眼差しがこちらを振り向いた。けれど笑みを浮かべようとした表情が急に固まる。そして目線がゆっくりと下りて、光喜と勝利の手に注がれた。
「あ! これはっ! み、光喜が離さないから!」
「えー、だって今日はデートだもん」
「デートじゃない!」
おどけたように笑う光喜に勝利は握られた手をぶんぶんと振り回す。振り払われたら離してあげよう、そう思っていたけれど、正直な心はその手を離せなかった。いまも顔を真っ赤にして必死になっている勝利を光喜は静かに見つめる。
「そんなに嫌なら、本気で振ってくれればいいのに」
「え?」
ぽつりと呟かれた声に心底驚いた顔をして勝利が振り向く。驚きに見開かれたチョコレート色の瞳。その目をじっと見つめて、光喜は精一杯の笑みを貼り付けた。
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