新しい年のはじまりは除夜の鐘の音とともに迎える。深夜とも言える時間帯にもかかわらず新年の参拝に向かう人の数は多い。その流れに少しばかり人の目を引く二人連れが混じる。
一人はほかの人たちよりも頭二つ分ほどは抜きん出ている高い上背と大きな体躯をしていた。もう一人は暗がりでも見目の良さが際立つ美丈夫で、すらりと手足が長い日本人離れした容姿だ。
仲良く並んで歩く二人は、先ほどから通り過ぎる人たちの視線を振り返らせていた。
「夜になったら冷えてきたね。手袋、置いてきちゃった」
「光喜くん、手、冷たい? 僕の貸すよ」
「えー、そうしたら小津さんが冷たいでしょ」
両手をすりあわせて息を吹きかけた光喜は隣で心配そうな顔をする恋人に笑みを返す。その柔らかな笑みに、眉を寄せていた小津はしばらく考え込むような顔をした。ひどく難しげなその表情にヘーゼルカラーの瞳がますます優しく細められる。
「じゃあ、こうしようか」
「えっ!」
じっと隣の人を見つめていた光喜はふいに声を上げた小津の行動に肩を跳ね上げる。なんの躊躇いもなくぎゅっと握られた左手が、ダウンジャケットのポケットにすっぽりと収まった。
手に広がるぬくもりと思いがけない状況に胸の音が駆け足するみたいに早くなる。冷たさで火照っていた頬がじわじわと熱を広げて、耳まで移ったことを感じた。
「嫌だった?」
「……ち、違うよ! びっくりしただけ。小津さんって意外と大胆なんだね」
「結構暗いし、こう人が多いとそこまで周りは気にしないよ」
「ふぅん、まあ、いっか。お正月だしね」
「えっ!」
んふふ、と小さく笑った恋人がふいに近づいて、右腕にぴったりとくっついた。それに今度は小津が肩を跳ね上げて、ますます楽しげに笑う彼の声に鼓動を速めた。しまいには先ほどの光喜と同じように頬を染めて耳まで赤くした。
そしてお揃いだね――なんて笑う小悪魔めいた表情に、跳ね上がった胸の音を押さえるように息をつく。
「うわぁ、並んでるね」
「ここわりと有名だからね」
「でも家の近くにあるのはいいね。俺、こんな時間に初詣は初めてだ」
「朝はゆっくりしよう」
「ちょっと寝坊しても怒られないね」
「うん、お昼まで寝ても平気だよ」
自営業に芸能業界――お互いに普段は仕事やバイトが忙しい。暦通りの休みなど存在しない職種なので、正月休みも何日取ることができるか、という少しばかり際どいスケジュールだった。それでも数日の休みを取るために年末までみっちり働いた。
おかげで三箇日までは二人きりだ。昨夜はのんびりと年越し蕎麦を食べて、二人だけの時間を満喫してから家を出た。
「そういや小津さんは年賀状書いた?」
「印刷したものは取引先にね、挨拶だけはしておかないと」
「ああ、そっか。そういうお付き合いがあるもんね」
「光喜くんくらいの子だとみんなメールとかメッセージだよね? 日付変わった頃から着信たくさん来てたよね」
「そうそう、鬱陶しくて電源切っちゃった。せっかく小津さんといるのに」
若者の携帯電話依存率は高いものだが、最近の光喜は休みの日には大抵サイレントモードか電源オフだ。仕事をしている小津を待ちながら寝室で本を読んでいたり、ぼんやりテレビを見ていたり。
友達付き合いをしなくて大丈夫なのだろうかと気にかかるくらいで、少しばかり小津はそれを気にしていた。
「あ、そうだ。勝利がさ、新年会やろうって言ってた。いつがいいかな。鶴橋さんも仕事あるし休みのあいだがいいよね」
「光喜くんの仕事は?」
「んー、正月休みを除いたら、……来週、以降になっちゃうかな」
「じゃあ、相談して休みの日に合わせてもらおう。冬悟も休日ならきっといつでも大丈夫だよ」
「そっかぁ、じゃあ、相談してみる。年末も会えてないし、四人で久しぶりに集まりたいもんね」
「うん」
光喜の幼馴染みとその恋人、彼らとは付かず離れずの距離だ。前ほど頻繁に顔を合わせていないが、誰かが声を上げれば集まってご飯を食べに行く。基本的に声を上げるのは光喜と幼馴染みの勝利だ。
連絡を取るために携帯電話の電源を入れると、アイコンにどんどんと数字が増えて光喜は少しばかり煩わしそうに眉を寄せた。それでも幼馴染みのメッセージを見つけると笑みが浮かぶ。
「ふはっ、二人して夕方からずっと飲んでて鶴橋さんを潰したらしいよ」
「そうなの? 冬悟そんなにお酒弱くないのに」
「自分で潰しておいて暇持て余してるって、勝利、超バカ」
指先が文字を入力していくのを隣で見ながら、子供みたいな笑顔を浮かべる光喜に小津は瞳を和らげる。ほかのどんな友達と連絡を取らなくても、最後に残る親友がいるのはいいことだ。
初めて出会った頃は気持ちがその彼へ傾いていて焦れるような想いをしたけれど、いま小津の中にあるのは安心感、それだけだ。
「姫はじめは二日だからいいんだってさ。新年の最初って一日明けた二日なの? 初夢も二日に見る夢だよね?」
「うん、元旦の夜か二日の朝だね」
「夢ってあんまり覚えてないんだよね。大体寝て起きたら忘れちゃう」
「僕は覚えてるほうだよ。光喜くんが出てくる時は特によく覚えてる」
「……俺の夢とか見るんだ」
「あー、うん。結構よくみるよ」
「どんな?」
「えっと、それは色々」
窺い見るように身体を傾けた光喜に、ふいと視線がそれた。じっとその様子を見ていると落ち着きなく目線がさ迷い、恋人の挙動不審さに光喜はにんまりと口の端を持ち上げる。
「わかった。あれでしょ、エロい夢とか見てるんでしょ? 小津さん意外とむっつり?」
「いや、それは、ないとは言わないけど。しょっちゅう見ているわけじゃ、ない、です」
「あははっ、なんで敬語! 小津さんほんと正直。可愛い」
「そんなに笑わないで、かなり恥ずかしい」
「ごめんごめん。じゃあ、俺たちも姫はじめしようね」
「……っ!」
頭の天辺から湯気でも飛び出しそうなほど顔を赤く染めた小津は、やんわりと目を細めた恋人の視線に絡め取られるような気分になる。けれど唇が綻んでまた笑い声が響くと、身体を丸ごと釜ゆでされたような熱さを感じた。
寒さも忘れてしまいそうなほどの火照りに身じろげば、ぎゅっと腕に抱きついた光喜が小さくぼそりと囁く。
「今日の夜まで待てないかも」
「み、光喜くん。あんまり煽らないで」
「んふふ、早くお参りして帰ろう!」
二人で寄り添い合いながら人波に混じる。長い列を進んで柏手を打つ頃には心も身体もぽかぽかと熱を帯びた。
二人の熱が触れる/end
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