遊園地に着くと、休日でありホワイトデーでもある今日は、家族連れやカップルで溢れていた。楽しげなその様子にわくわくすると光喜が目を輝かせれば、隣で小津は至極嬉しそうに笑う。
そしてワンデーパスを購入して入場すると、ふいに彼は近くのショップを指さした。それに誘われるままに視線を動かして、再び光喜は瞳を輝かせる。
「あー、可愛い!」
「せっかくだから買おう」
「うん!」
店先で小津が見つけたのはパスケース。首からぶら下げられるもので動物のデザインだった。もちろん光喜が目に留めたのはクマのパスケースだ。
待っててと声をかけられてウキウキとしながら恋人を待つ。遊園地だけれど動物ものは子供受けがいいのだろう。店の中はぬいぐるみやアクセサリー、文房具と様々だった。ウサギやハムスター、犬や猫、どれもデザインがなかなか可愛い。
「んふっ、これとか勝利っぽい。こっちは鶴橋さんかな。このサイズ感いいな」
「ん? どれ?」
ぬいぐるみの鼻先を突いて笑っていると、戻ってきた小津が背後から顔を覗かせる。それに気づいて光喜は二つのぬいぐるみを手に取った。
「ほら、このちょっと目つき悪そうなリスが勝利で、シュッとした紳士顔なキリンが鶴橋さん。で、身長差も絶妙だよね」
片手に収まりそうなリスとすらりとした背の高いキリン。色合いもオレンジに近い明るい毛色のリスは勝ち気な勝利らしく、優しいグレーを基調としたモノトーンなキリンが鶴橋らしい。
「ああ、確かに似てる」
「色々いるけど、この子たちはすんごくハマる気がする。なくなる前に買っとこうかな。今度会う時に渡そう」
「じゃあ、その二人にはしばらくロッカーにいてもらおうか」
「だね。あ、小津さんはパスケース、どんな子にしたの?」
「ああ、僕はこれだよ」
手渡されたケースを受け取ると何気なく光喜は隣を覗く。するとそれに気づいた小津がケースの表を見せてくれた。彼の好みならきっと可愛い小動物だろうと思っていたけれど、予想に反してたてがみの立派なライオンだった。
「ふぅん、ちょっと意外」
「そう? これは僕の光喜くんのイメージかな」
「えっ! 俺? ライオン?」
「うん、ネコ科らしい気ままさも持ち合わせていて、それでいてキリッとして格好いい。たてがみまで美しい百獣の王って感じだよね」
どこか得意気に語る恋人を見ていると頬がじわじわと熱くなってくる。いままで光喜は周りに猫のようだねと言われたことはあったが、ここまで自信ありげにたとえられたのは初めてだ。
それも恥ずかしげもなく平然と。熱くなる耳を触って誤魔化しながら、そわそわとすれば小津はやんわりと微笑んだ。
「へ、へぇ、そ、そうなんだ。なんか、照れるね。……んっ、あれ? 待って、ということはバレてる? 俺の、小津さんのイメージ」
「確かにまんまだよね」
「わぁっ! 勝手にイメージを固めてごめんっ」
「気にしてないよ」
軽く笑う小津だが、申し訳なさといたたまれなさで光喜はパスケースを顔に引き寄せた。しかし小さなそれでは隠れることもできず、ちらりと視線を上げればブレずにまっすぐと目と目が合う。
けれど幸いなことに彼は嫌な顔は見せていない。それどころかひどく優しい眼差しをしていた。
「決してからかうような気持ちじゃないからね」
「もちろん、わかってるよ。さっき入園する時に、小さな子にクマさんみたいねって言われたんだけど、よく学生時代に先生に言われてたなって、思い出した」
「小津さんはね、優しい森のクマさんだから」
「落とし物を拾って追いかけてくるやつ?」
「そうそう、すごく優しいの」
「そういう発想ができる光喜くんっていいよね」
「あ、いま、子供みたいって思ったでしょ! 俺、嬉しかったんだから」
声を上げて笑う恋人に怒ってみせるけれど、心の中はたくさんの想いが混ざり合って少し涙ぐみそうになる。
あの日、あの時、追いかけてきてくれたから、いまこうして光喜は笑っていられる。傍で笑ってくれたから、どん底に落ちて泣き声を上げずに済んだ。
「光喜くん?」
「よーし! 勝利と鶴橋さんを預けたらどこから回ろっか」
じっと見つめれば心配げな顔をする。その優しさに光喜は精一杯の笑みを返した。
伝えたい言葉はたくさんある。光喜の胸の中にはありがとうもごめんねも数え切れないほど詰まっていた。それでもこれから先、彼に伝える言葉は感謝の気持ちと、大好きと愛してるだけにしようと思った。
繋いだ手から熱が伝わるように心には彼の愛が伝わる。それだけあれば十分だ。
「ねぇ、小津さん小津さん、こっち見て」
「え?」
「まずは記念の一枚」
驚いて振り向いた顔と花開いたみたいな笑顔。対照的な表情がシャッター音とともにカメラに収められた。悪戯を成功させたような顔をする光喜に、小津は眉尻を下げて不満げな表情を浮かべる。
「もう! 光喜くんはどんな角度から見ても格好いいけど、僕はあんまり写真写り、良くないから」
「えー、これはこれで可愛いよ。んー、じゃあ、もう一回。いくよー!」
「えっ?」
「はい、チーズ!」
ふやけた顔で画面に映る自分たちに、ますますふやけて、溶けてしまいそうな柔らかい笑顔になる。幸せが詰め込まれたその一枚に、二人は顔を見合わせて笑った。
さらに道行くたびにカメラを向けられて、もう無理と笑いながら逃げる恋人を追いかける。それもまた光喜の笑みを誘う。
「光喜くん、写真撮り過ぎだよ!」
「まだまだ! アルバム一冊は作っちゃうもんね! ほら、小津さんのアルバムはなんか、よそ行き感があったし、ちょっとくらい弾けてもいいでしょ?」
「はあ、なんだか光喜くんが傍にいると、たくさん笑えて健康的だなって思う」
「なに、そのおじいちゃん思考! しみじみし過ぎだよ」
「光喜くんは笑い過ぎだよ」
大笑いする光喜に困ったように笑う、そんな少し情けない顔が可愛い。呆れたような表情も、拗ねた顔も、あのアルバムの中にはなかった。自分だけの恋人を知ると胸がドキドキとして、目に見える景色がキラキラと輝く。
「俺といると、きっと長生きできるよ。……だから、なるべく長く一緒にいてね」
「……うん、君とずっと、一緒に歩いて行きたいよ」
これから先の保証などなに一つないけれど、深く頷いた小津の表情に光喜は目を細めた。なにかを固く誓うようなまっすぐな瞳。それだけで結んだ赤い糸が永遠に解けないような気持ちになる。
「次はなにがいい? もう一回コースターもいいけど。……あっ、カートがあるんだよね? 俺と勝負する?」
「光喜くんって免許は持ってるんだっけ?」
「持ってる! 運転めちゃくちゃ上手いよ!」
「最近は?」
「んー、乗ってないかな?」
「信憑性、薄いね」
「えーっ、路上運転してなくてもイケるイケる。だってカートはハンドル捌きとアクセル加減だよ!」
ひどく心配そうな顔をする恋人に勢いよく体当たりをしたら「ほら、衝突事故」と笑われる。けれどからかうような言葉にわざとらしく頬を膨らませて、さらに光喜は大きな身体に何度もぶつかった。
しまいに腕に抱きついて肩口に額をこすりつけて、甘えたその仕草に小津は柔らかな目をした。愛おしいと言われているかのような眼差し、優しい目を向けられるだけで胸の中にあるものがほころんで温かい気持ちになれる。
「んふふ、じゃあ、次行こー!」
「うん」
「……小津さん?」
「ん?」
「えっ、あ、……手、いいの?」
足を踏み出した光喜の手に大きくて優しい感触。驚いて振り向けば小さく首を傾げられて、頬が熱くなる。恐る恐る指先に力を込めたら、そっと握り返された。
じっと見つめる光喜の視線に、小さく笑った小津は握った手をそのままに歩き出す。慌てて追いかけて顔をのぞき込むと、至極楽しげな笑みを浮かべていた。
「光喜くん、どこかに飛んで行っちゃいそうだから」
「なにそれ、ひどーい」
「ちゃんと繋ぎ止めておかなきゃね」
「……う、うん」
人の目が時折振り返る。物珍しげに、驚いたように。そのたびに我に返るような気分になるけれど、本当はもっとずっと繋がっていたいと思っていた。
過去に彼が愛したあの人たちのように、自分の見た目がもう少し可愛げがあったらと、そう思いもする。それでも隣にいる人はいつでも、光喜の気持ちをきゅっと愛を込めて抱きしめてくれた。
「小津さん、大好き。……愛してるよ」
「えっ」
ぽっと顔を赤く染める純情な恋人の手をぎゅっと握り、恥ずかしさが移ったふやけた顔を誤魔化すように光喜は勢い任せに走り出した。
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