なぜだかわからないけれど、いつも宏武は自分に自信がなさげだ。思っているよりずっと素敵だと、何度も伝えても曖昧に笑う。
もしかしたらそれは昔、大切だった人を不幸にしてしまったと言っていたことに、関係するのかもしれない。
もう吹っ切れたとも言っていたが、それでもまだ消えてなくなったわけではないのだろう。
愛してるよ――そう言ってくれる宏武のことを、疑ったことは一度もない。
それでも彼の心に深い傷跡を残すくらい、強い想いを抱いた人に嫉妬してしまう。
もうこの世にはいない誰か。一生その人と肩を並べることも、追い越すこともできない。
「リュウ? どうした?」
「え? なに?」
「なにって、急に黙るから。どうしたのかと思って」
「ああ、うーん、なんでもないよ。のぼせちゃったかなぁ。久しぶりに宏武とお風呂に入れたから」
我に返ってみると、そこには明かりに照らされた浴室の天井が見えた。ゆっくりと視線を下ろせば、心配そうな顔をした宏武が、腕の中から俺を見つめている。
どのくらいぼんやりしていたのか。この様子では、かなり心ここにあらず、という感じだったのかもしれない。
いきなり恋人が、天井を見つめたまま動かなくなったら、心配をして当然だ。しかし俺はそれを誤魔化すように笑って、目の前の身体をきつく抱きしめる。
そんな俺に宏武は、不思議そうに首を傾げて目を瞬かせた。
「宏武の目はやっぱりすごく綺麗だね」
長いまつげに縁取られた、黒い瞳は艶やかで、その中に自分を映し込むとひどく気持ちが高ぶってくる。
誘われるように顔を近づければ、瞳は少し泳いでからゆっくりと伏せられた。期待を含んだ反応を見せられると、我慢ができなくなる。
後ろから覆い被さるように口づければ、うっすらと開かれた唇が俺を誘い入れた。
その仕草がたまらなくて、貪るように口の中を荒らしてしまった。それでも一生懸命に受け止めて、俺に応えようとする。
「ねぇ、宏武。欲しい」
「風呂場は駄目だって、何回言ったら」
「じゃあ、ベッドで、いい?」
湯に濡れて、柔らかくなった肌にやんわりと歯を立てれば、瞳を揺らして恥じらうように俯いた。彼の小さな反応に、ひどく熱を煽られる。
返事をねだるように首筋を唇でなぞり、抱きしめていた手で太ももを撫で上げた。
肩を震わせる背中が可愛くて、跡が残るように皮膚にきつく吸い付く。うっすらと赤くなったそこを満足げに見つめてから、小さく背中を丸める身体を抱き上げる。
湯船が波立ち、二人の身体からしずくがこぼれ落ちた。
「なんとかは急げって言うよね」
驚きをあらわにする顔を見つめ、笑みを浮かべれば、白い肌が赤く染まっていく。
このいつまで経っても、慣れきったところがないのが、男心をくすぐるのだと言うことを、わかっていないのだろうな。
「宏武はいままで、どのくらいの人と付き合ってきたの?」
「え?」
「んー、純粋な疑問。宏武っていつも初めてみたいな反応するよね。ベッドの上ではすごいやらし、い」
「こんなの初めてなんだから、仕方ないだろ!」
言葉を続けようとしたら、思いきり両手で口を塞がれた。明るい浴室では、全身が赤く染まっているのがよくわかる。それを目にしたら、もう顔がだらしないくらいに緩んでいく。
初めて――これがすべて、宏武の初めてだと聞かされると、先ほどまで思い悩んでいたことが吹き飛ばされた。
他の誰でもない、俺が宏武にとっての唯一ってことだ。
「宏武、そんな可愛いこと言われると、俺もう我慢できない」
「風呂場は駄目だ! 響くから!」
「じゃあ、急いでベッドに行こう」
「こら! 身体を拭いてからにしろ! 濡れたままベッドに上がったら怒るぞ!」
腕の中でジタバタと抵抗をする宏武に、仕方なく言うことを聞く。ここで機嫌を損ねると、ストライキを起こしてさせてくれない可能性がある。
いつもはすぐに足を開いてくれるのに、そういう時は意地でも触らせようとしない。何度か失敗をして俺だって学んだ。
「髪、乾かすね」
いますぐにでもベッドに押しつけて、揺さぶりたいくらいなのに、それを押しとどめて丁寧に身体を拭いて髪を梳く。
肩先まで伸びた宏武の黒髪は、俺の茶色い癖毛とは違い、艶があってまっすぐで癖がない。乾かすと、指のあいだをさらさらと滑り落ちる。
触り心地がすごくよくて、隣にいる時はよく撫で梳いてしまう。まあ、それに限らず、している時に指を絡ませたりするのも好きだけれど。
「はい、出来上がり」
ドライヤーで綺麗に乾かすと、うなじに唇を寄せた。小さく肩が跳ねたのが可愛くて、さらに押しつけて赤い跡を残す。
宏武の肌は白くて綺麗なのだが、俺が何度もあちこち噛みつくから少し痣になりかけている。
申し訳ないとは思うものの、跡が残っているのを見ると、自分のものである証しな気がして、やめられない。
「リュウもちゃんと乾かして」
「うん、宏武、乾かして」
振り向いた顔に口づけをして甘えると、少し困ったように息をつきながら、ドライヤーを当ててくれる。
身を屈めて手が届きやすいようにしてあげれば、優しい手が俺の髪を撫で掬う。
宏武に触れられるのが好きだ。いつもやんわりと、髪を撫でてくれる。
大切なものを扱うみたいに、そっと触れられるたびに、胸が高鳴ってしまう。
こんなことは初めてだ――宏武はそう言っていたけれど、俺もこんな気持ちは初めてだ。
想いが溢れそうなほど、胸が甘く痺れるのは生まれて初めての体験。
ずっとアキが好きだった。それは間違いないはずなのに、宏武といるとそれを忘れてしまうくらい、胸が騒いでどうしようもない気持ちになる。
自分の半身は、アキ以外にいないとずっと思っていた。
それなのに宏武に出会ってから、どんどんと気持ちが覆されていった。小さな表情の変化も見逃せないくらい、そのすべてが欲しくなった。
「宏武、まだ?」
「んー、よし、いいよ」
「じゃあ、行こう」
ドライヤーを片づけるのを見計らい、目の前にある背中を抱きしめた。ぎゅっと強く腰を抱き寄せれば、呆れたようにため息をつく。
けれどこちらを見た顔は、ちっとも呆れを含んでいなくて、それどころかどこか嬉しそうにも見える。
「そうだ、宏武。ドイツって行ったことある?」
「え? ドイツ? いや、行ったことないかな」
「来月、演奏会があるから、参加するようにフランツから言われたんだ。それほど大規模なものじゃなくて、個人宅で行う演奏会らしい。宏武も行けるよね?」
手を引いて寝室に向かう途中で、伝え忘れていたことを思い出した。後ろを振り向くと、宏武は小さく首を傾げている。
その顔をじっと見つめれば、少し考え込む表情を見せた。
「駄目?」
「いや、いまのところ急ぎの仕事も入っていないし、大丈夫だと思う。ついて行くよ」
「やった! じゃあフランツに伝えておくね。詳しい話は明日するよ。いまは、早く宏武のこと食べてしまいたいから」
「……うん」
ベッドにたどり着く前に、我慢できずに口づけをしたら、目を細めた宏武に急くように手を引かれる。その手と先を歩く横顔を見つめれば、熱を浮かべた視線が振り返った。
どうやら一足先に、宏武のスイッチが入ったようだ。それ見た瞬間、ニヤニヤと口の端を持ち上げてしまう。
「宏武、すごくいやらしい顔してる」
寝室の戸を開けて足早にベッドに近づくと、もつれ合うようにそこへ身体を沈ませた。そして腕が伸ばされて、俺を抱き込むように引き寄せる。
そのお返しとばかりに、食らいつくみたいに宏武にキスをして、唾液でベタベタになるのも構わずに舌を絡ませた。
熱に溺れる顔が見たくて、そっと目を開けると、こちらを見ている瞳と視線が合う。
その瞳は情欲に濡れ、いまは艶めいた炎を宿していた。
「リュウ、早く」
「もう欲しいの? おねだり早すぎだよ。このままじゃ挿れられないから、ローションとって」
そんなことを言いながら、ふつふつと湧き上がる感情が抑えきれなくなる。身体を起こし、サイドテーブルに手を伸ばした宏武の腰を掴むと、期待を孕んだ後ろの蕾を舌で撫で上げた。
それに腰を震わせて、宏武はベッドに上半身を埋める。そして手にしたボトルをぎゅっと握りながら、その先を請うような目を向けてきた。
「舌でいじられるのと、突っ込まれるの、どっちがいい?」
「……どっちも」
「欲張りだなぁ宏武は、じゃまずは舌でいじってあげるね」
期待で瞳を潤ませながら、頷くその顔がたまらない。両手で尻たぶを掴んで押し開くと、膨らんで熟れた蕾をたっぷりと唾液を含ませて舐める。
舌を奥へとねじ込むように挿し入れれば、すすり泣くような喘ぎ声を漏らし始めた。
もっともっとと、ねだる声は甘く掠れて、揺れる腰がやたらと色っぽい。
先ほどまで見せていた清純さと、蕾をぐちゃぐちゃに汚されている、いやらしさのギャップに、心は簡単に持っていかれてしまう。
「宏武それ頂戴。欲しいんでしょ? 足拡げて」
ベッドの上に仰向けて転がすと、両手に握っているボトルへ手を伸ばした。するとおずおずと、それをこちらに差し出してくる。
熱のこもった瞳を見つめながら、奪い取るようにそれを掴めば、自ら足を抱えて隠れた秘所をさらした。
「リュウ、挿れて」
「気が早いよ」
「お願い」
ボトルから流れ出る粘液を手に取って、赤く熟れた蕾に塗りたくる。フチをなぞるだけでもたまらないのか、耳に心地いい声が聞こえてきた。
奥までじっくりと開いて、ローションを塗り込めれば、焦れた宏武の腰が先の刺激を望むように揺れ始める。
「ぁっ……んっ、ん」
「指だけでいいの?」
「いやだ、リュウのが、欲しい」
可愛いおねだりの言葉に、口元が緩んで仕方がない。しかしさらにその先を宏武に言わせたくて、目を細めた。
「どんな風に?」
「あ、……リュウの、挿れて、中、めちゃくちゃにして、いっぱい汚して、溢れるくらい出して」
「うん、可愛い。いいよ。望むままにめちゃくちゃにしてあげる」
頬を赤らめてこちらを見る視線に、よく見えるように足を担ぎ上げると、突き刺すように反り立った熱を押し込んだ。
その瞬間、中が痙攣して宏武は体液を飛び散らせた。
「……ぁっ、あぁっ!」
「宏武、早すぎるよ。もっと俺を味わって」
ひくつかせる身体を揺さぶれば、きゅっと小さな蕾が締めつけてくる。
それを押し広げるように腰を突き入れて、奥へぶち当てるようにすれば、悲鳴のような甘い声が上がった。
縋りつくようなその声に、さらに動きを早めると、もだえるように腰を揺らす。その姿に思わず、脆弱な餌を前にする獣のような気分になってしまった。
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