ホテルに帰り着くと、部屋に入るなり宏武を捕まえて、貪るような口づけをした。
息をつく間も与えないくらい、声を飲み込んで、何度も何度も深く唇を合わせる。
そして両手で頬を撫で、結ばれた宏武の髪を解いて掬う。さらさらとこぼれる漆黒の髪は、ほのかな明かりの中でも美しかった。
「リュウ、リュウ、愛してる。お願いだ。いますぐ抱いて、全部リュウで埋め尽くして」
うわごとみたいに呟く声が掠れて、俺に縋りついてくる。瞳にいっぱい涙をためて、潤んだ黒い瞳はキラキラと輝く。
首元に絡められた腕にきつく引き寄せられ、隙間がなくなるくらい身体を寄り添わせた。
「宏武、俺を見て、俺のことだけを考えて」
熱に浮かされて、スイッチが入ってしまわないように、何度も意識を引き戻す。そのたびに必死に俺の言葉に従う、宏武が可愛かった。
少し頼りなげな瞳、羞恥に染まる赤い頬。
香り立つのは、いつものむせ返るような色香ではなく、清廉さを持つ百合の花のような香しさ。
瞳を離さず、身体に滑らせた手で小さなシャツのボタンを外していく。その先を想像した黒い瞳は、戸惑うように揺れて伏せられる。それでも口づけをして、意識を引き戻した。
「リュウ、待って。自分で、する」
「駄目、余計なことは考えないで、ちゃんと俺を見てて」
「は、恥ずかしい」
「そうだよ、これから恥ずかしいこと、いっぱいするんだよ」
シャツを肩から滑り落とすと、今度はスラックスに手をかける。ベルトを外し、ファスナーを下ろすだけで肩を跳ね上げて、宏武は慌てたように身体を引こうとした。
けれど腰を抱き寄せて、また口先に口づけてあげると、しがみつくように俺のシャツを握りしめてくる。
なだめるみたいに、柔らかな唇をついばんで、ゆっくりとスラックスを引き下ろせば、すらりとした長い脚が外気にさらされた。
インナーと下着のみになると、ますます頼りなげな瞳で見つめてくる。
「リュウ、いつもみたいにして」
「駄目、いつもみたいにしたら、気持ちいいことにばっかり意識が向いちゃうでしょ」
「だけど」
「今日はおねだり禁止。ちゃんと俺のことだけ見て、俺だけに感じて。いままでの感覚は捨てさせてあげるから」
前に一度、宏武は抱き合ったあとに、ひどく悲しげに呟いたことがあった。
身体を重ねるのは嫌いではないし、そうすることは好きだけれど、自分が自分じゃないみたいに感じて少し怖くなる。浅ましい自分がすごく嫌だと、涙を浮かべた。
そんな風に誰が躾けたか、なんて想像が容易い。宏武の初めての男だ。なにも知らない身体に、男を喜ばせるよう教え込まれた。
しかし自分もそんな宏武に溺れた一人。
散々その宏武を腕に抱いてきた。いまさら恨みをごとを呟くつもりはない。
「宏武はいまから初めてすると思って、俺も初めての宏武を抱くから」
「リュウ」
「俺が全部埋め尽くしてあげる」
恨み言を呟くつもりはないが、宏武を縛り付ける男を切り刻んで、拭い去ってやりたい気持ちにはなる。
宏武の足枷を俺が壊してあげたい。宏武の背中にある大きな翼を束縛する、黒い影をすべて消し去ってやりたい。
「宏武、愛してる」
「……リュ、ウ」
「宏武、泣いてもいいんだよ。我慢しないで泣いて」
瞳を潤ませながら、それをこらえようと唇を噛みしめる、そんな彼のまぶたに口づけをする。ぎゅっとつむられた目尻からは、綺麗な雫がこぼれ落ちた。
ほろほろとこぼれ落ちる涙は、淡く色づく頬を濡らす。
ごめん、そんな言葉を紡ごうとする唇を塞いで、薄く開いたその奥に滑り込む。濡れた舌を絡め取って、余計な言葉はすべて食らい尽くしていく。
それに応えようとする宏武は、初めてキスをするみたいに必死で、小さな声を漏らしながらまた涙をこぼす。
「気持ちいい?」
「うん、ドキドキする」
「そう、可愛いね」
あどけない表情と、赤く濡れた唇のギャップにゾクゾクする。やんわりと目を細めて見つめれば、黒曜石の瞳は期待と不安を混ぜた色を浮かべた。
その期待に応えるべく、シャツを握る手を解くと、その手を引いてベッドへと誘う。
「嫌だったら嫌って言っていいからね」
「……うん」
ベッドの端に座らせて、見下ろさないように膝をついて、顔をのぞき込む。両手を握って見つめれば、緊張をあらわすように瞳が揺れて、手に力がこもった。
「怖い?」
「少し、でも平気だ」
「無理しなくていいよ」
「リュウ、キスし、て……あ、ごめん」
「いいよ、いっぱいしてあげる」
キスをねだったことを咎められるかと思ったのか、少し顔が強ばって目が伏せられる。俺はそんな宏武の言葉に、応えるように唇を寄せた。
目を瞬かせた宏武は、少し安心したようにその瞳を和らげる。そしてゆっくりとまぶたを閉じて、唇を押し当ててきた。
羽根が触れるみたいな、小さなキスに思わず口元に笑みが浮かんでしまう。――可愛い。することなすことすべて拙くて、初めて見る宏武に胸が高鳴った。
いままでの宏武が駄目なわけではない。
それも宏武の一部だ。しかし宏武自身、その自分に戸惑いを感じているのも確かだった。だからそれを少しでも忘れさせてあげたい。
「リュウ、もっと、して」
「キス好き?」
頬を真っ赤に染めて頷く宏武は、いつもよりひどく幼い。もしいまをやり直しているのだとしたら、それもなんとなくわかる。
気持ちは「あの人」に出会う前。そう思えばますます愛おしくなった。
優しく手のひらで頬を撫でて、指先で耳のフチを撫でて、ゆっくりと唇を合わせる。髪を梳いて引き寄せれば、唇が遠慮がちに吸い付いてきた。
そのぎこちないキスに身を任せていると、舌先がペロリと唇を撫でてくる。
ちろちろと先を求めるように舐められて、唇を開いてそれを受け入れてあげた。
そろりと忍び込んでくる舌は、やはり遠慮がちで、ひどく気持ちを煽られるけれど、求められるままに舌を絡ませる。
「ん、んっ」
キスに夢中になっている宏武は、可愛らしかった。小さく声を漏らしながら、一生懸命に舌を合わせてくる。
時折応えるように、ざらざらとする表面を撫でてやれば、肩を震わせて瞳に涙を溜めた。
次第に身体の熱が高まってきたのか、もじもじと腰を揺らしているのがわかる。
手を伸ばして、下着の上からはっきりと浮かび上がった熱を撫でてやれば、びくりと身体を跳ね上げた。じわりとダークグレーの下着に、濃い染みが広がっていく。
「キス、気持ちよかった?」
いまにも泣きそうな顔をする、宏武の下着の中に手を差しれて、熱を吐き出したものをやわやわと揉み込んで、指先でこすり上げる。
するとそれはまたすぐに芯を持ち始めて、それを恥じらうように宏武は目を伏せた。
「いいよ、もっと気持ちよくなって」
「んんっ、……ぁっ……あっ」
「可愛い、もっと声出してもいいよ」
「ぁっん、リュウ、駄目……また出ちゃう」
硬く張り詰めだした熱をゆっくりと扱けば、腰が小さく揺れ始めた。噛みしめようとする唇に親指を押し込むと、唾液を零しながら宏武は小さな声を漏らす。
にじみ出す色気と穢れのない眼差しに、誘われるように首筋に噛みついてしまった。
その痛みがまた引き金を引いたのか、手の中で熱が弾ける。ドクドクと吐き出される欲。
長い余韻に浸る宏武の惚ける顔がたまらなくて、気づけば身体をベッドに縫い付けていた。
少し怯えを含む目は、俺をまっすぐに見つめる。それをなだめすかすように、やんわりと唇にキスをして、リップ音を立てながら小さなキスを繰り返す。
緊張して力の入った身体を優しく撫でれば、震えるように肩を揺らした。
「大丈夫、一緒に気持ちいいことしよう」
ぐっしょりと濡れた下着を引き下ろせば、また熱が震え出す。視線だけでも感じるのか、潤んだ瞳をまっすぐと向けてくる。
その先が欲しいとねだる瞳を見つめて、濡れそぼったものを口に含んだ。すると熱はすぐに硬さを取り戻し、口の中でそれを主張する。
「あぁっ」
舌でたっぷりと撫で上げて、唇で挟んで扱けば、腰がガクガクと震えた。揺れる腰を掴んで喉の奥まで飲み込むと、こらえきれないとばかりに甘い声が上がる。
身悶えるように、シーツの上で身体をくねらせる宏武は、三度目の欲を吐き出した。
「……リュ、ウ」
「うん、そろそろこっちも欲しいよね」
熱い息を吐き出しながら、縋るような目をする。その目が可愛くて、思わず口の端を持ち上げて笑ってしまう。そんな俺の笑みに宏武は首筋まで肌を赤くした。
いつもなら自分から脚を拡げてねだるのに、濡れた瞳で必死に訴えかけてくる。
唇が小さく震えていて、それがまたそそられた。投げ出された白い脚を抱え上げると、さらされた蕾に舌を伸ばす。
「んんっぅっ」
むしゃぶりつくように、そこを舐めると抱えた脚が震える。ビクビクと跳ねる脚を肩にかけて、腰を引き寄せてさらに奥まで味わう。
そのたびに上がる声がまたたまらなくて、貪るように内側を暴けば、それだけで身体をひくつかせて果てた。
「中だけでイッたんだ。そんなにここ気持ちいい? 中に入れたらもっとすごいことになりそう」
いつもより感度がいい。唾液で濡れたそこに指を押し込めて、内側を撫でるように抜き挿しをする。
それだけで腹に付きそうな熱から、だらだらと先走りがこぼれきた。するとそこはもう、ローションなど必要ないくらいにドロドロになって、くちゅくちゅと水音が響き始める。
「ぁっ……あぁっ、んん、リュウ、リュウっ」
「イッてもいいよ」
「いや、リュウ、リュウが欲しい」
「……うん、そうだね。俺もさすがにもう限界」
可愛いおねだりに、思わずほっと息をついてしまう。ねだるのは禁止だと言ったが、このままだったら俺のほうが暴発しそうだった。
ガチガチになって、反り返っていた自分の熱を取り出すと、一呼吸つく間もなく、目の前の小さな窄まりに押し込んだ。
「ぁっ、あぁっんっ!」
「宏武イっちゃった? 中すご、い、んっ」
痙攣するように中がうねって、こらえきれずにそのまま吐き出した。どろりと中を満たしたもので、さらに滑りがよくなり、そのまま立て続けに腰を動かす。
イキっぱなしになっている宏武は、シーツにしがみつき泣きながら喘ぐ。
「宏武、大丈夫?」
しばらくたまらない快感を堪能していたが、ガタガタと身体を震わせているのに気づいた。慌てて律動を止めれば、泣き濡れた瞳がこちらを向いた。
「ごめん、宏武。辛かった?」
「や、だ、やめないで。もっとして、気持ち、いいから」
「大丈夫?」
浮かんだ涙がほろりとこぼれ落ちるが、小さく頷いた宏武は幼い子供みたいに腕を伸ばす。
それに応えるように身体を抱きしめれば、追いすがるように抱きつかれた。きつくしがみつく彼に、息をついて頬を寄せる。
「宏武が望むままにしてあげる。ごめんね我慢させて。いいよ、好きなだけ俺をあげる」
ねだったら怒られると思って、堪えていたのか。
宏武に染み込んだものを上書きしてしまいたくて、そればかりに囚われていた。そんなに慌てて塗りつぶそうとしなくたって、彼はいなくなったりしない。
少しずつ、少しずつでいいんだ。宏武を俺だけのものにするのは。だから望むものはすべて与えてあげよう。その欲しがるその感情も宏武の一部なのだから、受け入れてあげるべきだ。
ようやく冷静になった自分に、呆れてため息がこぼれてしまった。
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