第20話 久しぶりに感じる体温

 食後に冷蔵庫を充実させるため、駅前のスーパーで適当に買い物をした。
 二人でのんびりと歩いてマンションに帰宅する最中、重い荷物は希壱が率先して持ってくれた。

「希壱、もしかして掃除してくれたか?」

「あっ、うん。埃を取る程度だけど。物には必要最低限にしか触れてないから」

「いや、逆に悪い。なんかすごい、部屋の中が綺麗で」

 久方ぶりの我が家は入院前と変わらず、どころか普段よりも清々しい。
 仕事が忙しいと、掃除がおろそかになりやすい。部屋の埃を取り除いてくれているだけで、感謝せずにはいられないだろう。

「ようやく家に帰ったのに、部屋の空気が澱んでるといまいちでしょ?」

「だからわざわざ、病院に来る前、換気してくれたんだな」

「偉い? ご褒美が欲しいなぁ」

「……まったく、お前は」

 呆れではなく、希壱の気遣いに一真は小さく息をついた。
 必要以上に感謝や謝礼などさせないため、わざと自分からおどけて見せたのだ。わかりやすい行動だけれど、たまらなく胸をくすぐる。

「ほら、少し屈め」

「うん」

 手荷物を床へ降ろし、一真は希壱へ腕を伸ばす。数センチ高い彼は一真の目線まで身を屈め、大人しくご褒美を待った。

 目を閉じる希壱を、じっと見つめていた一真はつい、誘われるままに頭を撫でる。短い髪を撫で回していたら、ちらりと片目で様子を窺われた。

「一真さん?」

「悪い。もう一回、閉じろ」

「はーい」

 素直に両目をつぶる仕草に、一真の口元が無意識に緩む。今度はそっと希壱の頬を撫で、ようやく一真は唇にキスをした。

 やんわりと触れてから、優しくついばみ、触れ合いを楽しんだあとに、深く口づけを交わす。
 舌をすべり込ませて希壱の口の中を撫でれば、いままで大人しかった彼に、ぎゅっと抱きしめられた。

 体を引き寄せられ、希壱のほうが仕掛けてきたので、一真は頬にあてがっていた手を、彼の首元へ移動させる。腕を首に絡めると、さらに二人の距離がなくなった。

「ふっ、ん……」

 たっぷりの唾液と一緒に絡んできた舌は、一真のものを絡め取り、口腔を余すことなく愛撫していく。

「は、ぁ……希壱。立ちっぱなし、キツい」

「あっ、ごめん。病み上がりだった」

「違う。お前がデカすぎんの」

「ますますごめん。重かったね」

 覆い被さるように体を寄せられていたので、いくらか一真の体に重心がかかっていた。
 気づいた希壱は申し訳なさそうな顔をしつつ、抱きしめていた一真の体をさっと抱き上げる。悔しいくらい軽々と。

「ソファ? ベッド?」

「希壱の好きなほう」

「じゃあ、ベッド」

 律儀にお伺いを立てられたので、忠義者の希壱に選択肢を任せた。案の定、目の色を変えて後者を選ぶ。

「シーツ、洗い立ての匂いがする」

 リビングが清潔を保たれているとなれば、ベッドも同様だった。それどころかひなたの良い匂いがする。

 ふかふかの柔らかなタオルケットと、天日干しした枕。入院中の仮眠に慣れた体は眠りに誘われそうだったが――キスで引き止められた。

「もしかして、寝るつもり?」

「ベッドがあまりに気持ち良くて」

 希壱におねだり声を出されて、さすがの一真も寝落ちはできない。せっかくのキスでいい雰囲気になったのに台無しだ。

「あとでたっぷり眠らせてあげるから、ご褒美もっとちょうだい」

「仕方ねぇな。好きにしろよ」

「またそうやって、俺をケダモノにする」

「文句あるな、ら……」

「はあ、一真さんの匂い。久しぶり」

 最後まで言う前に、希壱の手がシャツの裾からすべり込んできた。さらには押しつけるみたいに、首筋に鼻先を埋めてくる。

 匂いを嗅がれながら、体をまさぐられるのは、なんとも言えない恥ずかしさだ。

「病院、でも――たまに、触れてただろ?」

「んー、ちょっと違うんだよね。病院独特の匂いの中と、一真さんのベッドで少し汗ばんだ肌……って、なんで逃げるの!」

「汗臭いなら嗅ぐな、やめろ」

「違う! 汗臭いんじゃなくて、普段の一真さんの体臭が」

「嗅ぐな!」

 汗やら体臭やらと言われれば、恥ずかしさが極まる。
 身を引く自分に近づこうとする希壱を、一真は両手で踏ん張って引き剥がした。

「いまさらでしょ! えっちなことしてた時は体に汗を掻いてたし、なんなら触ったし、舐めたし」

「言葉にするな、馬鹿」

「意外とデリケートだったんだね。でも俺は一真さんの匂いが好きなの! ほら、早く! ご褒美をお預けすると、いまの俺、なにするかわからないよ」

 羞恥を感じている一真とは裏腹に、希壱は自分を遮る手を両方とも掴み、あっという間にベッドへ縫い付けた。

 さらには片手で両手首を掴んで、一真のシャツをはだけさせていく。ボタンを外されると、下はインナーのみだ。

 怯んだ反応をする一真に、希壱はにっこりと笑い、今度は肌に直接触れてきた。

「直に触ると痩せたってすごくわかりやすい。お腹と腰回り、やばいくらい細っ」

「んっ、変な触り方すんな」

 つーっと希壱の指先で骨のくぼみをなぞられ、腰の辺りがぞわぞわとする。しかし一真が身をよじってもやめないどころか、なおもあちこちを触りだす。

「病院じゃ、さすがに抜いたりできないよね? 一真さんも溜まってる?」

「あっ」

 手のひらで股間を撫でられて、反射的に腰がビクつく。かすかに熱を持ち始めていた場所が、希壱の刺激で形をはっきりとさせた。

「好きにして、いいんだよね?」

「……っ、飢えた目、しやがって」

「だってようやく、人の目を気にせず触れられるんだよ?」

 見舞いに来る希壱と、必ずキスを交わしていたけれど、扉をノックされるたびに彼はビクついていた。
 とはいえ最初は挙動不審になっていたが、最後のほうは随分とポーカーフェイスが板についていた気がする。

「そんなに触りたいなら、一回、抜いてからにしろ。こっちはフルスロットルで来られても、もたない」

「確かに、俺もいつ暴発するかわかんない。でも一真さんも中途半端は嫌でしょ? 一緒にしよう?」

「休憩もさせろよ?」

「んー、努力する」

 お互いに飢えて乾いて、だけれど溢れそうで。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「一真さん、好き。大好き」

「知ってる」

「早くこの口から、俺もって言われたい」

 口づけを再開し、互いの衣服を脱がしていけば、そのままベッドで二人、もつれ合う。
 下着一枚になる頃には、お互いの昂ぶりを握り込んで、享楽に耽っていた。

 乱れる息づかいに混じる、ぐちゃぐちゃと粘つく水音。

「……はあ、一真さん、気持ちいい? そっぽ向かないで、こっち見て」

 ベッドに背を預ける一真を、上から見下ろす希壱はおもむろに手を伸ばしてくる。

「んっ、やめ」

 すっかり希壱に自分を任せきりにし、一真は枕に顔を埋め、久しぶりの快感に体を震わせていた。
 しかし顔が良く見えないという文句とともに、希壱の手に顎を掴まれる。

 さらには唇を強引に合わせてきた彼に、口の中を貪られ、暴れ回る舌と、快楽を引き上げる手の動きに翻弄される。

「あっ、ぁっ――き、いち……もう」

「イっていいよ。俺もイキそう」

「んぁ、まっ……た。速、いっ」

 ぐりぐりと先端を希壱の指でいじられたかと思えば、握り込まれた昂ぶりを激しく扱かれた。二人分の熱が擦れ合い、余計に高まりが増す。

 刺激が強く、慌てて引き止めようとするけれど、伸ばした一真の手は、希壱の手に添える程度で精一杯だった。

 これでは止めたいのか、ねだっているのかわからない。

「きっ、いち……はっぁ」

「そんなに唇を噛んだら、傷ついちゃうよ」

 気を抜くと、あられもない声が出てしまいそうで、一真は必死にこらえるが、希壱はそんな努力を無にするが如く唇を舐めてくる。

 子猫がミルクを舌先で掬うみたいに、ペロペロと舐められて、次第に一真の唇がほころび始めた。

 しかし隙間が開けば、子猫の舌は獣のそれになり、一真の唾液をすすり始める。

「あぁっ、希壱、き、いち……もう無理」

「うん。俺も――はあ、一真さんが可愛すぎてもう、やばい」

 あと少し、もう少しでイケそうな感覚、一真は希壱の大きな手に自身の手を重ねる。
 するとすぐさま希壱は一真の手を昂ぶりに添えさせ、自身は上から包み込むように手を重ねた。

 ドクドクと脈打つ二人の昂ぶりと、欲で濡れた希壱の手のひらに挟まれ、一真はついに顎をのけ反らせて果てる。

「一真さんのイキ顔を見ながらイケるとか、すごいご褒美」

「……希壱、最近、出してないのか?」

「まったくではないけど。なんかこう一真さんがいないと気分が高まらなくて。物足りない感じ?」

 一真は病院では一切抜いていない。それと同じかそれより多いのではと思える、希壱の吐き出したものに驚く。

 手のひらがドロドロで、一真がじっと見ていたら、すかさず希壱にティッシュペーパーで拭われた。

「俺、もう一真さんじゃないと抜けないんだよね。実物じゃないと気分も盛り上がらないし、空しいというか」

「俺は毎日、相手なんてできないぞ」

「抜くくらいなら――」

「お前は抜くだけじゃ絶対、済まない。病院じゃ、あちこち痕、つけてたくせに」

「触ってもいいって言うから」

 病院では人目が気になると言っていたくせに、希壱はキスとともに、わかりやすい位置に痕を残していった。
 体を拭く際、何度困ったか。心底個室で良かった、と思える出来事だ。

 抜き合いをするようになって、希壱のおねだりが加速した結果、挿れる以外の行為は、ほぼしているような気がした。
 体への愛撫はもちろん、口淫もされて、あとされていないと言えば。

「ほんとはもっとしたいんだよ? 病院ではなにもできなかったけど」

「当たり前だ」

 いくら個室でも、匂いが残ったらたまったものではない。そもそも吐きだしたものを、拭ったティッシュペーパーでさえ、くずかごに捨てられない。

「いまできるとしたら、素股とか?」

「それくらいだよな」

「え? なにが?」

「なんでもない」

 想像どおりのことを言う希壱に苦笑する。そんな一真の反応に、彼は目を瞬かせた。

「今日、挿れるのはさすがにキツいからな。用意もしてないし。したきゃ、していいぞ」

「か、一真さん……自分で言うのもなんだけど。俺にちょっと甘すぎない? 大丈夫? いつもこう、とかじゃないよね?」

「ほかの男に許してないって言っただろ」

「そ、そうだけど。思いのほかあっさりお許しが出るから」

 許可を出さなければ萎れるくせに、出せば出したでオロオロとし始める。面倒な性格だ、と思いはしても、希壱であれば可愛いやつめ――で済むのだから不思議だ。

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