食後に冷蔵庫を充実させるため、駅前のスーパーで適当に買い物をした。
二人でのんびりと歩いてマンションに帰宅する最中、重い荷物は希壱が率先して持ってくれた。
「希壱、もしかして掃除してくれたか?」
「あっ、うん。埃を取る程度だけど。物には必要最低限にしか触れてないから」
「いや、逆に悪い。なんかすごい、部屋の中が綺麗で」
久方ぶりの我が家は入院前と変わらず、どころか普段よりも清々しい。
仕事が忙しいと、掃除がおろそかになりやすい。部屋の埃を取り除いてくれているだけで、感謝せずにはいられないだろう。
「ようやく家に帰ったのに、部屋の空気が澱んでるといまいちでしょ?」
「だからわざわざ、病院に来る前、換気してくれたんだな」
「偉い? ご褒美が欲しいなぁ」
「……まったく、お前は」
呆れではなく、希壱の気遣いに一真は小さく息をついた。
必要以上に感謝や謝礼などさせないため、わざと自分からおどけて見せたのだ。わかりやすい行動だけれど、たまらなく胸をくすぐる。
「ほら、少し屈め」
「うん」
手荷物を床へ降ろし、一真は希壱へ腕を伸ばす。数センチ高い彼は一真の目線まで身を屈め、大人しくご褒美を待った。
目を閉じる希壱を、じっと見つめていた一真はつい、誘われるままに頭を撫でる。短い髪を撫で回していたら、ちらりと片目で様子を窺われた。
「一真さん?」
「悪い。もう一回、閉じろ」
「はーい」
素直に両目をつぶる仕草に、一真の口元が無意識に緩む。今度はそっと希壱の頬を撫で、ようやく一真は唇にキスをした。
やんわりと触れてから、優しくついばみ、触れ合いを楽しんだあとに、深く口づけを交わす。
舌をすべり込ませて希壱の口の中を撫でれば、いままで大人しかった彼に、ぎゅっと抱きしめられた。
体を引き寄せられ、希壱のほうが仕掛けてきたので、一真は頬にあてがっていた手を、彼の首元へ移動させる。腕を首に絡めると、さらに二人の距離がなくなった。
「ふっ、ん……」
たっぷりの唾液と一緒に絡んできた舌は、一真のものを絡め取り、口腔を余すことなく愛撫していく。
「は、ぁ……希壱。立ちっぱなし、キツい」
「あっ、ごめん。病み上がりだった」
「違う。お前がデカすぎんの」
「ますますごめん。重かったね」
覆い被さるように体を寄せられていたので、いくらか一真の体に重心がかかっていた。
気づいた希壱は申し訳なさそうな顔をしつつ、抱きしめていた一真の体をさっと抱き上げる。悔しいくらい軽々と。
「ソファ? ベッド?」
「希壱の好きなほう」
「じゃあ、ベッド」
律儀にお伺いを立てられたので、忠義者の希壱に選択肢を任せた。案の定、目の色を変えて後者を選ぶ。
「シーツ、洗い立ての匂いがする」
リビングが清潔を保たれているとなれば、ベッドも同様だった。それどころかひなたの良い匂いがする。
ふかふかの柔らかなタオルケットと、天日干しした枕。入院中の仮眠に慣れた体は眠りに誘われそうだったが――キスで引き止められた。
「もしかして、寝るつもり?」
「ベッドがあまりに気持ち良くて」
希壱におねだり声を出されて、さすがの一真も寝落ちはできない。せっかくのキスでいい雰囲気になったのに台無しだ。
「あとでたっぷり眠らせてあげるから、ご褒美もっとちょうだい」
「仕方ねぇな。好きにしろよ」
「またそうやって、俺をケダモノにする」
「文句あるな、ら……」
「はあ、一真さんの匂い。久しぶり」
最後まで言う前に、希壱の手がシャツの裾からすべり込んできた。さらには押しつけるみたいに、首筋に鼻先を埋めてくる。
匂いを嗅がれながら、体をまさぐられるのは、なんとも言えない恥ずかしさだ。
「病院、でも――たまに、触れてただろ?」
「んー、ちょっと違うんだよね。病院独特の匂いの中と、一真さんのベッドで少し汗ばんだ肌……って、なんで逃げるの!」
「汗臭いなら嗅ぐな、やめろ」
「違う! 汗臭いんじゃなくて、普段の一真さんの体臭が」
「嗅ぐな!」
汗やら体臭やらと言われれば、恥ずかしさが極まる。
身を引く自分に近づこうとする希壱を、一真は両手で踏ん張って引き剥がした。
「いまさらでしょ! えっちなことしてた時は体に汗を掻いてたし、なんなら触ったし、舐めたし」
「言葉にするな、馬鹿」
「意外とデリケートだったんだね。でも俺は一真さんの匂いが好きなの! ほら、早く! ご褒美をお預けすると、いまの俺、なにするかわからないよ」
羞恥を感じている一真とは裏腹に、希壱は自分を遮る手を両方とも掴み、あっという間にベッドへ縫い付けた。
さらには片手で両手首を掴んで、一真のシャツをはだけさせていく。ボタンを外されると、下はインナーのみだ。
怯んだ反応をする一真に、希壱はにっこりと笑い、今度は肌に直接触れてきた。
「直に触ると痩せたってすごくわかりやすい。お腹と腰回り、やばいくらい細っ」
「んっ、変な触り方すんな」
つーっと希壱の指先で骨のくぼみをなぞられ、腰の辺りがぞわぞわとする。しかし一真が身をよじってもやめないどころか、なおもあちこちを触りだす。
「病院じゃ、さすがに抜いたりできないよね? 一真さんも溜まってる?」
「あっ」
手のひらで股間を撫でられて、反射的に腰がビクつく。かすかに熱を持ち始めていた場所が、希壱の刺激で形をはっきりとさせた。
「好きにして、いいんだよね?」
「……っ、飢えた目、しやがって」
「だってようやく、人の目を気にせず触れられるんだよ?」
見舞いに来る希壱と、必ずキスを交わしていたけれど、扉をノックされるたびに彼はビクついていた。
とはいえ最初は挙動不審になっていたが、最後のほうは随分とポーカーフェイスが板についていた気がする。
「そんなに触りたいなら、一回、抜いてからにしろ。こっちはフルスロットルで来られても、もたない」
「確かに、俺もいつ暴発するかわかんない。でも一真さんも中途半端は嫌でしょ? 一緒にしよう?」
「休憩もさせろよ?」
「んー、努力する」
お互いに飢えて乾いて、だけれど溢れそうで。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「一真さん、好き。大好き」
「知ってる」
「早くこの口から、俺もって言われたい」
口づけを再開し、互いの衣服を脱がしていけば、そのままベッドで二人、もつれ合う。
下着一枚になる頃には、お互いの昂ぶりを握り込んで、享楽に耽っていた。
乱れる息づかいに混じる、ぐちゃぐちゃと粘つく水音。
「……はあ、一真さん、気持ちいい? そっぽ向かないで、こっち見て」
ベッドに背を預ける一真を、上から見下ろす希壱はおもむろに手を伸ばしてくる。
「んっ、やめ」
すっかり希壱に自分を任せきりにし、一真は枕に顔を埋め、久しぶりの快感に体を震わせていた。
しかし顔が良く見えないという文句とともに、希壱の手に顎を掴まれる。
さらには唇を強引に合わせてきた彼に、口の中を貪られ、暴れ回る舌と、快楽を引き上げる手の動きに翻弄される。
「あっ、ぁっ――き、いち……もう」
「イっていいよ。俺もイキそう」
「んぁ、まっ……た。速、いっ」
ぐりぐりと先端を希壱の指でいじられたかと思えば、握り込まれた昂ぶりを激しく扱かれた。二人分の熱が擦れ合い、余計に高まりが増す。
刺激が強く、慌てて引き止めようとするけれど、伸ばした一真の手は、希壱の手に添える程度で精一杯だった。
これでは止めたいのか、ねだっているのかわからない。
「きっ、いち……はっぁ」
「そんなに唇を噛んだら、傷ついちゃうよ」
気を抜くと、あられもない声が出てしまいそうで、一真は必死にこらえるが、希壱はそんな努力を無にするが如く唇を舐めてくる。
子猫がミルクを舌先で掬うみたいに、ペロペロと舐められて、次第に一真の唇がほころび始めた。
しかし隙間が開けば、子猫の舌は獣のそれになり、一真の唾液をすすり始める。
「あぁっ、希壱、き、いち……もう無理」
「うん。俺も――はあ、一真さんが可愛すぎてもう、やばい」
あと少し、もう少しでイケそうな感覚、一真は希壱の大きな手に自身の手を重ねる。
するとすぐさま希壱は一真の手を昂ぶりに添えさせ、自身は上から包み込むように手を重ねた。
ドクドクと脈打つ二人の昂ぶりと、欲で濡れた希壱の手のひらに挟まれ、一真はついに顎をのけ反らせて果てる。
「一真さんのイキ顔を見ながらイケるとか、すごいご褒美」
「……希壱、最近、出してないのか?」
「まったくではないけど。なんかこう一真さんがいないと気分が高まらなくて。物足りない感じ?」
一真は病院では一切抜いていない。それと同じかそれより多いのではと思える、希壱の吐き出したものに驚く。
手のひらがドロドロで、一真がじっと見ていたら、すかさず希壱にティッシュペーパーで拭われた。
「俺、もう一真さんじゃないと抜けないんだよね。実物じゃないと気分も盛り上がらないし、空しいというか」
「俺は毎日、相手なんてできないぞ」
「抜くくらいなら――」
「お前は抜くだけじゃ絶対、済まない。病院じゃ、あちこち痕、つけてたくせに」
「触ってもいいって言うから」
病院では人目が気になると言っていたくせに、希壱はキスとともに、わかりやすい位置に痕を残していった。
体を拭く際、何度困ったか。心底個室で良かった、と思える出来事だ。
抜き合いをするようになって、希壱のおねだりが加速した結果、挿れる以外の行為は、ほぼしているような気がした。
体への愛撫はもちろん、口淫もされて、あとされていないと言えば。
「ほんとはもっとしたいんだよ? 病院ではなにもできなかったけど」
「当たり前だ」
いくら個室でも、匂いが残ったらたまったものではない。そもそも吐きだしたものを、拭ったティッシュペーパーでさえ、くずかごに捨てられない。
「いまできるとしたら、素股とか?」
「それくらいだよな」
「え? なにが?」
「なんでもない」
想像どおりのことを言う希壱に苦笑する。そんな一真の反応に、彼は目を瞬かせた。
「今日、挿れるのはさすがにキツいからな。用意もしてないし。したきゃ、していいぞ」
「か、一真さん……自分で言うのもなんだけど。俺にちょっと甘すぎない? 大丈夫? いつもこう、とかじゃないよね?」
「ほかの男に許してないって言っただろ」
「そ、そうだけど。思いのほかあっさりお許しが出るから」
許可を出さなければ萎れるくせに、出せば出したでオロオロとし始める。面倒な性格だ、と思いはしても、希壱であれば可愛いやつめ――で済むのだから不思議だ。
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