甘色-Amairo-/03

 道を進むたびに胸の音が響いていた。初めてのことでもないのに蒼二の心臓はいまにもはち切れそうなほど鼓動を速めている。
 自分から言い出したことなのに、躊躇いさえも感じていた。けれど握りしめる紘希の手が、強く蒼二の手を掴んで離さない。その手を振りほどくこともできなくて黙って先を歩く背に続いた。

 ようやくホテルの部屋に入ったあとも蒼二は落ち着きがなく、なだめすかすように紘希にキスをされる。優しく触れるだけの口づけは、身を引けば簡単に離れていく。
 それは蒼二に与えられた選択肢だ。けれどここまできてやっぱりやめようなんて言葉を紡げるわけがない。怖じ気づいているけれど、蒼二は目の前にいる恋人が欲しかった。

「紘希、ほんとに俺でいい? あの、えっとこういうの随分と久しぶりで」

「またそんなこと言う。蒼二さん、俺はあなたがいい。あなたが欲しいんだ。それに久しぶりなのは当然でしょう? そうじゃなかったら俺、キレてる」

「あ、そういうつもりで言ったんじゃなくて。しばらくしてないから、ちょっと面倒くさいかなって」

「俺が面倒くさいって言うと思う?」

「ううん、ごめん。思わない」

「ほら、こっちおいで。うんと優しくしてあげるから」

 俯いた顔を優しく撫でられて、気恥ずかしさに蒼二は頬を染めた。手を引かれるままについて行けば、広いベッドの端に紘希は腰かける。そして腕を引いて蒼二の身体を抱き寄せた。
 下から綺麗な黒曜石みたいな瞳に見上げられて、蒼二はどんどんと気持ちを高ぶらせていく。伸ばした指先は少し震えていたが、それでも紘希の柔らかい黒髪に絡めそっと撫でた。いつも彼は優しく髪に触れてくれるが、いままで蒼二は自分から紘希に触れたことがほとんどない。

 確かめるみたいに髪を撫で、頬を伝い輪郭を辿る。薄い唇を撫でたら、指先を含むように吸い付かれた。されるがままにそれを見つめていれば、舌先が伸びて蒼二の白い指を撫で上げる。指のあいだまでねっとりと舐められて、濡れた感触に蒼二はぶるりと身体を震わせた。
 その反応を窺うような瞳はいつしか蒼二の心まで絡め取る。指を舐められているだけなのに、身体の中心に熱が集まっていく。けれど縫い止められた視線から目が離せず、蒼二は小さく声を漏らしながら瞳を潤ませた。

「ンっ、紘希、触れて、もっと」

 甘さを含んだ声音はほんの少し上擦っている。指先に小さく口づけすると紘希は唇を離し、目の前の身体に手を伸ばした。ジャケットのボタンを外し、シャツの小さなボタンを下からゆっくりと外していく。それを見下ろす蒼二の頬は上気し、その先を期待する下腹部は窮屈なデニムを押し上げていた。
 一つ一つの動作がじれったいくらいの時間を感じさせた。いまにも自分で裸になってしまいたい衝動にさえ駆られる。それでも蒼二は黙って紘希を見つめ続けた。ボタンを外し終えた手はゆっくりと肩からジャケットとシャツを滑り落とす。

 残されたのはブルーグレーのインナーのみで、薄いそれを紘希は下から強引にたくし上げた。その隙間から蒼二の白い肌があらわになる。引き締まった身体はしなやかな筋肉をまとっていて、背中から腰までのラインが艶めかしい。
 白い肌をなぞるように紘希の指先が滑り、そのわずかな感触に蒼二は小さく震えた。先ほどまで蒼二を見ていた瞳は、いま目の前にある色気を滲ませる身体に向けられている。

 その目に視姦されているような感覚が、さらに蒼二の気持ちを煽る。身体を撫でていた手がぐっと胸までインナーを押し上げ、色づいていやらしく勃起した乳首があらわになる。
 存在を主張するようにぽってりとしたそれを紘希は二ついっぺんに指先でつまんだ。それだけで蒼二は薄く開いた唇から熱い呼気を吐き出す。

「はぁ、んっ」

「蒼二さんのここ、もうこんなに膨らんでる。そんなに期待してたの?」

「ぁっ、ンン、紘希っ」

「ここいじられるの好きなんだ」

 両手が揉み込むように胸を撫で、指先が何度ももてあそぶように胸の尖りをつねり上げる。そのたび噛みしめた蒼二の唇から甘やかな声が漏れた。
 瞳を潤ませて必死に声を我慢している蒼二に目を細めると、紘希は声を誘うように乳首を強く指先でこねる。きつくされるほどいいのか、小さな声が絶えきれずに蒼二の口からこぼれてくる。

 身体を震わせる蒼二を見上げて、紘希は目の前の腰を強く引き寄せた。ふらついた身体は抵抗することもなく紘希の膝の上に腰を落とす。目前に迫った赤い果実に口元を緩めると、紘希は舌を伸ばしてそれをたっぷりと唾液を含ませ舐め上げた。

「はぁっ、ん……ぁっ、ねぇ、紘希、もっと、もっと触って」

「蒼二さん可愛いね。これ、自分で抑えてて」

 目を細めた紘希に言われるがままに自分でインナーを掴むと、蒼二は身体を反らして胸を突き出す。色香を振りまく身体、興奮して上気した頬、熱を含んで潤むチョコレート色の瞳。
 そのどれもがいやらしくて、無意識に紘希は自分の唇を舐めた。そして恋人の望みを叶えるべく目の前にある尖りにしゃぶりつく。

「ぁっ、あぁっ、ン、紘希、好き、好き」

「俺も好きだよ。蒼二さん、ここだけでイケそうだね。誰にこんな風に躾けられたの? かなり妬ける。でも俺で全部上書きしてあげるから」

「ん、全部、紘希にあげ、る」

「蒼二さん、いやらしくて可愛い」

 胸を愛撫されて高まった熱を押しつけるように、蒼二は何度も腰を揺らす。けれど高ぶっているのは蒼二だけではなく、こすりつけられた紘希の熱も硬く張り詰めている。情欲の色を揺らめかせる瞳はゆるりと細められ、蒼二の小さな尻を掴むとさらに強くこすり上げた。
 舌先で熟れた乳首を撫で上げられ、突き上げるような動きを与えられて蒼二が甘い嬌声を上げる。

「ぁ、ん……駄目、もうイキそう。あっ、ぁっ、や、だ」

「イキたくないの?」

「違っ、う。違うけど、ダメ。汚れちゃう」

「ああ、そっか。ここもう苦しそうだしね」

 頬を赤らめて見つめてくる蒼二にやんわりと笑みを浮かべて、紘希は弾けそうな熱を押し込めているデニムに手をかけた。
 ウエストのボタンを外し、ファスナーをゆっくりと下ろせば、ボクサーパンツに張り詰めた熱がくっきりと浮かんでいる。撫で上げるようにして触れると、その熱はふるりと震えた。

「寄りかかっていいから、腰上げて」

「紘希の服、汚れる」

「大丈夫、ほら」

 紘希は躊躇いを見せる蒼二を引き寄せて腰を浮かせる。デニムとボクサーパンツを引き下ろせば、ゆっくりと立ち上がり蒼二はそれを足元へと落とす。
 すらりとした蒼二の細い脚は、薄明るい照明の中で際立って見えた。誘われるように手を伸ばすと、紘希は白い脚を撫で柔らかな尻を揉みしだく。

「んんっ、紘希っ」

 時折奥の窄まりを指の腹で強くこすれば、蒼二は堪えきれないとばかりに小さく喘いで膝を震わせた。次第に立っていられなくなると、もたれるように紘希の肩に額を預ける。

「蒼二さん、これだとここ舐めてあげられないよ。膝に座って」

「やっ、ぁっ」

 荒く呼吸を繰り返す蒼二の髪を優しく梳きながら、紘希は手の忍ばせ胸の尖りをきつくつまみ上げた。指先で押しつぶすようにいじられ、そそり立った蒼二の熱から蜜がこぼれ出す。

「蒼二さん」

 耳元に囁きかけられ、蒼二ははくはくと息をつきながら身体を持ち上げた。涙の溜まった瞳で微笑む紘希を見つめ、おずおずと胸をさらけ出す。
 待ち望むような眼差しを向ければ、紘希は膨らんだ乳首に唇を寄せ強く吸い付いた。じゅっと音を立ててしゃぶられ、舌先でなぶられて、蒼二の身体が弓なりにしなる。

「こう、き、紘希。やっ、ぁっああ、んっ」

 子供みたいに首を振る蒼二をあやすように背中を撫で、紅く色づいた乳首に紘希がかじり付けば、その刺激が引き金になったのか熱を孕んだ身体が跳ね上がる。絶頂に達した余韻が長く続いているのか、ぽろぽろと涙をこぼしながら蒼二は肩を震わせていた。
 荒く吐き出される息には熱がこもり、姿勢を保っていられなくなった身体は前のめりに傾く。その身体を抱きしめて、紘希は優しく蒼二の頭を撫でた。

「蒼二さん、もう限界?」

「……まだ、まだ、ちゃんとして、いままでの分、全部」

「蒼二さん、あとで泣いてやめてって言っても俺、もう止まれないよ? ずっと我慢してきたんだから」

「なんで? なんで我慢なんかしたの」

「そんなに気安く触れられないよ。がっついて、蒼二さんが足腰立たなくなるまで食い尽くす自信があったから。蒼二さんを壊しそうで触れるのが怖かったんだ。俺、我慢しなきゃ、蒼二さんのこととなると見境ないなくなるよ」

「いいよ。紘希ならいいよ。俺は平気」

 伸ばされた蒼二の腕が紘希の身体を抱きしめる。すり寄るように頬を寄せて甘えた蒼二は、覆い被さるように抱きついて、紘希の頬やこめかみ、首筋にキスを降らす。耳元に何度も「好き」と囁かれて、紘希の顔が見る間に紅潮していく。

「蒼二さんって、小悪魔だね」

「ん、紘希限定だよ。だってこんなに好きなのは紘希だけだから。声かけてくれた時から胸がときめいて仕方がなかった」

「俺もだよ。蒼二さんを見た時、思うより先に身体が動いてた。ここで声かけなくちゃ絶対に後悔するって思った」

「もう我慢とかなしだよ。俺は紘希ならなんでも許せる自信がある」

「あんまり俺を甘やかさないで、いい気になるよ」

「もっとなればいいのに」

 目の前にある花が綻ぶような笑顔を見つめながら、紘希は唇をついばみ何度もキスをする。その優しすぎるくらいの口づけに蒼二は幸せそうに微笑んだ。

「ねぇ、紘希。もし俺に飽きたらちゃんと言ってくれる?」

「蒼二さん、俺はあなたに飽きるとか考えられないよ。毎日、蒼二さんのこと考えてるのに」

「俺もだよ。毎日、紘希のことばっかり。自分でも呆れるくらい」

「じゃあ、飽きるとか言わないで。そんなことばかり言うとさすがの俺もまた怒るよ」

「うん、ごめん。もう言わない」

 甘えるように口先にキスをした蒼二に、紘希は少し困ったように笑う。すり寄るように甘えられるとなにも言えなくなるからだ。
 けれど計算という言葉がない蒼二にそれを言ったところで変化が起きたりはしない。それがわかっているから、紘希は小さく微笑んで目の前の唇に口づけを返す。

「蒼二さん、そういえば今日は雨が降らなかったよ」

「あ、確かに。初めてだ」

「やっぱり蒼二さんが悪いわけじゃなくて、偶然だったんだよ」

「そうなのかな?」

「そうだよ。だからこれからは雨が降るたび謝るのはやめて」

 紘希の言葉に少し考え込むような顔をするが、蒼二は額に口づけられて意識を引き戻される。艶やかな黒い瞳に見つめられると、頷く以外の答えしか見つけられない。まっすぐな紘希の目が蒼二は好きだったが、それと同時に弱くもあった。

「わかった。もう気にしない。そうだ、これからはもっと一緒に色んなところへ行こう」

「うん、でも蒼二さんと一緒なら俺はどこでも楽しいよ」

「紘希は欲がないなぁ」

「それを言うなら蒼二さんもだよ」

「そうかな? 俺はかなり強欲だけど」

「いいよ。もっと欲しがって、俺以外は目に入らないくらい。もう簡単にほかの男に触らせないから」

「紘希も強欲だね。でもそれ、すごく嬉しい」

 何度も確かめ合うように愛を囁いて、二人で顔を見合わせて笑い合う。それだけのことで胸にあるわだかまりは解けていく。
 少しだけお互いに臆病になっていただけ、好きだから、好きだからこそ踏み出せないものがあった。けれどこれからは触れ合った分だけ心にある想いも通じる。色づいた想いはこれからも色褪せることはない。
 淡く優しく色づく甘色――それは君色に染まる。

甘色-Amairo-/end
2018/9/1

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