棚の雑貨を眺めている志織の元へ戻ると、雄史は嬉々として紙袋を差し出す。
「はい、プレゼントです」
「……断る隙がないな」
「あっ、ごめんなさい! 迷惑でしたか?」
「いや、そんなことはない。ただ大したことしていないのに、悪いなと思ったんだ。でもありがとう。大事にする」
最初は驚いた顔で見つめ返されたけれど、受け取った志織はやんわりと微笑んでくれる。その笑顔を見るだけで、なぜだか胸がぽかぽかと陽に当たったように暖かくなった。
相手を優しく照らしてくれるような、温かさや優しさ。それを持っているのは、彼のほうだと思わずにいられない。
一緒にいるだけで、ささくれた気持ちをなだめてくれて、雄史は志織に出会ってから、自分を卑屈に思うことが減った。
こんな小さなプレゼントだけでは、返しきれないほどの優しさをもらっている。
彼が喜ぶことは、ほかになにがあるだろうかと考えて小さく唸る。しかし気の回るタイプではない雄史には、少しばかりハードルの高い悩みだ。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです。次に行きましょうか!」
急に目の前で唸りだす男はさぞかし不審だろう。ぱっと顔を上げた雄史は、繕うように笑みを返した。心配そうな目で見つめ返されたけれど、さっと先に立って店のドアを開く。
しかし今度は面食らったように見つめられ、男性にする行動ではなかったと冷や汗を掻いた。
「雄史は紳士だな」
「あはは」
乾いた笑いがついて出るが、志織は褒めるかのように頭を撫でてくれる。
大きな手は優しくて、どうしたらこんなに懐の大きな男になれるのかと思う。できたらもっと男らしく、格好のいい姿を彼に見せたい。
だが人としても、男としても、志織には敵いそうもなかった。三つの年の差だけではない。元々の資質というものだろう。
隣を歩く彼を見つめて、雄史はせめて背丈くらい高くなりたかったと思った。
たった数センチの差だけれど、少しでも自分をよく見せたい――そんな気持ちが湧く。
しかし背がわずかばかり高くなったところで、中身は変わらないだろう。馬鹿馬鹿しいことを考えた、そう思いそれ以上の妄想はやめた。
「そういえば、志織さんのそれ、ピアスですよね」
「え? ああ」
店までの道を遠回りしながら歩いていると、アクセサリーショップが目に入った。その店先を眺めて、雄史はふと視線を隣にある耳たぶへと向ける。
そこにはシルバーの小さなリングがあった。いつも志織はそれをつけていて、これまでもなんとなく気になっていた。
「耳に穴を開けるの、痛くないです?」
「一瞬だよ」
「へぇ、おしゃれでいいですよね」
「そうか?」
「はい。残念ながら、俺は開けられないんですけど」
「仕事柄、仕方ないな」
「そうなんです。でもちょっと憧れます」
じっと耳に飾られたピアスを見つめ、誘われるように雄史は手を伸ばす。ピアスに触れた手は、そのまま耳たぶにも触れてしまい、隣の肩が大きく跳ね上がった。
それに驚いてぱっと手を離すと、彼の顔に視線を戻した。
「志織さん?」
「あ、……悪い。ビックリしただけだ」
目を向けたそこには、真っ赤に染まった頬と驚きの表情がある。触れた耳まで赤くなっていて、志織は落ち着きなく目を泳がせていた。しかしまっすぐと雄史が見つめれば、そろりと目線がこちらを向く。
「んふふ、なんか、志織さん可愛いですね」
「か、可愛いとか。こんな図体のでかい男には似合わないだろう」
「そうですかね? わりと俺、志織さんのこと可愛いなぁって思ってます。まあ、基本は格好いいんですけどね。俺も志織さんみたいな、全方向から見ても格好いい、そんな男になりたかったな」
「……雄史は、格好いいよ。顔立ちは優しいけど、いい男だと思う。着痩せして見えるけど、よく見れば肩幅だってあるし、適度に筋肉がついていそうだし、背筋も綺麗で、男らしいよ」
「えっ、あー、んー、なんか照れちゃいますね」
ふいに褒められると反応が追いつかない。これまで自分を格好いいだなんて称してくれた人、いただろうかと雄史は顔を赤くした。見つめてくる優しい眼差しに、照れくささを誤魔化しながら笑う。
二人して頬を染めて照れ合う、その状況はくすぐったさしかない。それでもそんな空気が柔らかくて心地良いとも思える。
「あっ! 志織さん、あそこの展望台に登ったことありますか? 結構、夜景が綺麗なんですよ。帰りにどうですか?」
可愛いという単語がよほど恥ずかしかったのか、照れくさそうにしている志織は、目を伏せたままだった。
そんな様子に少しばかりもどかしくなった雄史は、気を引くように大きな声を上げて遠くを指さす。
けれどその動作につられて顔を上げた彼は、指の先にあるランドマークタワーを見つめて、ひどく困った表情を浮かべた。
「どうかしました?」
「悪い。駄目なんだ、高いところ」
「高所恐怖症?」
「うん」
「そうなんだ。ちょっと意外です」
また恥じらう表情を見せた、志織の横顔を雄史はじっと見つめた。普段あまり見られない素顔を見ているようで、気分が良くて、緩む気持ちと同じように唇も自然と緩む。
「雄史?」
「はい?」
「どうした、そんなにニコニコして」
「えへへ、なんて言うか、志織さんと一緒にいるのが楽しいなぁって」
「……雄史って、天然の人たらしだな」
「え?」
それは少しため息交じり。呆れたようなもの言い。いつもとは違う様子を訝しむが、志織はなにも言わずにぽんぽんと雄史の髪に触れ、足早に歩き始める。
頭に残った感触に驚いていたら、どんどんと距離が離れていく。
「待って待って! 志織さんっ」
慌てて追いかければ、覗き見た横顔は満面の笑みを浮かべていて、胸の音がまた騒ぎ始めた。颯爽と歩く彼の隣で高まる気持ち。
相変わらず雄史には、その理由がわからなかったけれど、ひどく嬉しいことのように思えた。
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