ふわふわとした夢見心地の中、天音は温かなぬくもりと声を感じていた。
髪を撫で梳く、大きな手。心の内側に響く優しく甘い声。そのどれもが気持ち良く、傍にあるぬくもりに頬を寄せる。
かすかに感じる熱に、天音の胸はきゅっと甘く締めつけられた。
「……んっ」
「目が覚めた? 水、飲む?」
柔らかな場所に横たえられた感触で、天音の意識が浮上した。
重たいまぶたを開くと、暗がりの中に見覚えのない天井がある。ぼんやりする頭を働かせようと瞬きをしたら、今度は誠の顔が見えた。
「気分、悪くない?」
「だいじょうぶ。……ここは?」
「俺の家。天音さんの部屋が分からなかったから。勝手に連れてきてごめんね。テーブルに眼鏡と水、置いておく。そのまま寝ちゃっていいよ。朝になったら、家まで送るから」
天音のシャツのボタンを二つ、三つ、外した手は髪を解いて、そっと頭を撫でる。あやすように触れた手は、頬をくすぐるとすぐ離れていった。
「誠くん」
「大丈夫、変なことしないから。安心して寝て」
天音が手を伸ばそうとすると、優しく誠の手に押し止められ、タオルケットを掛けられる。そこから感じる残り香は、まるで彼の腕の中にいるような気分にさせられた。
酔いのせいで、少しセンチメンタルになっているのかもしれない。誠がくれたキスのぬくもりが残っていて、いまだったら彼への想いを口にしても許されるのでは、と考えてしまった。
「床で、寝るの?」
「うん」
誠はフローリングの上で、クッションを引き寄せ横になる。天音がじっと背中を見つめても、振り向く様子がない。
「誠くん、こっちで寝ないの? また風邪を引くよ」
「大丈夫」
「ねぇ、一人は寂しいから、こっち来て」
「天音さん、そういうこと簡単に言っちゃ駄目だよ。下心がある男ってすぐに、都合のいいように解釈するんだから」
「そっちに、行ってもいい?」
「天音さん!」
ふいに誠の大きな声が響いて、天音の肩が跳ね上がる。驚きに目を瞬かせると、深いため息を吐きながら、彼は身体を起こした。
そして緩慢な動きで胡座をかいて、顔を俯かせる。
「ごめん。怒った? なんだか心細くて」
「天音さん、いま酔ってる自覚ある?」
「え?」
「後悔するようなこと、するべきじゃないよ」
「ごめん。でも……誠くんの傍にいたくて」
「俺がいま、なにをしても、ちゃんと覚えていられる?」
ゆっくりと立ち上がった彼が振り向いて、じっと天音を見つめた。薄暗い中でも感じる瞳の熱に、絡め取られるような気分になる。
黙ったままその目を見つめていれば、近づいてきた誠が天音の髪を優しく撫でた。
「俺だって、傍にいたいよ。……もっと触れたい。でも俺のする行動は、きっと全部身勝手なんだろうって、思うから。我慢、してるのに」
「誠くん」
「俺が、天音さんのことを、本気で好きになってもいいの?」
「僕のこと、ほんとに好きになってくれるの?」
「天音さんが、そんな目で見るから。俺みたいな男がいいなんて言うから、期待、しちゃうんだよ。天音さんは、ずるい」
思いがけない言葉に天音が目を見開くと、誠は指先で肩にかかる髪をすくう。そしてそれを唇に寄せ、まっすぐな瞳を向けてきた。そこに浮かぶ熱に、天音は身じろぎ一つできなくなる。
「触っても、いい?」
「……ぅん」
「本当に平気?」
「大丈夫」
甘く耳元に囁きかけられて、胸に芽生えていた感情がどんどんと大きくなる。押し込めようとしていたものが、隠しようもないほどあらわになっていく。
彼に触れられたい、そんな想いが天音の中で膨らんだ。
「キス、するよ」
最後の言葉は、返事をする前に押し止められる。触れた唇についばまれて、天音はすがるように腕を伸ばした。
ゆっくりと身体がベッドへ押し倒される。
「……ぁっ」
耳元にかかる熱い息。少し興奮した様子を見せる誠は、手のひらで身体のラインを辿ると、天音のシャツをたくし上げる。隙間から滑り込んだ指先の冷たさに、腰が小さく跳ねた。
「嫌だったら、ちゃんと言ってね」
「いや、じゃない。もっと、触って」
「天音さんって、酔うと小悪魔みたい」
「酔ってるから、じゃないよ。誠くんに、触れて欲しいから、……ぁっ」
首筋に噛みつかれ舌先で撫でられると、背筋に甘い痺れが走る。あまりの気持ち良さに、天音は誠を強く引き寄せた。
「暗くても、天音さんの肌、赤くなってるのわかる。すごく可愛い」
「そんなに、見ないで。……恥ずかしい」
カーテンの向こうからわずかに感じる、外灯の光。空間は薄暗闇ではあるけれど、もうかなり目が慣れている。自分を見下ろす誠の視線に、天音はますます身体を熱くさせた。
「もっと触ってもいい?」
「……うん。いっぱい、触って」
「良かった。やっぱり嫌、とか言われたら、どうしようかと思った」
シャツのボタンを外した誠の手に、インナーをたくし上げられ、天音の白い肌があらわになる。
「ここ、可愛い。ぷっくりしてるね」
「ぁ、そこはだめっ」
うっとりと目を細めた誠は、身を屈めると小さな胸の尖りに齧り付いた。やんわりと甘噛みされ、舌先で弾かれるだけで、天音は腰を跳ね上げ甘い声を漏らす。
「んっ、そんなにしたら」
「ここ、そんなに感じるの? ほかの誰かにも、されたことあるんだ。ものすごく妬ける」
「あっん、やぁっ、ほんとにっ」
「俺も天音さんのこと、気持ち良くしたい」
唾液でべたつくほど吸いつかれて、そこだけが真っ赤に腫れる。舌先がかすめるだけで、ビリビリと快感が走り、天音は掴んだ誠の腕を強く握りしめてしまった。
「天音さん、気持ちいい?」
「いいっ、気持ちいいっ、……あっぁっ」
尖りに刺激を与えられたまま、スラックスを寛げられ、昂ぶったものを握り込まれる。両方いっぺんに愛撫されると、天音の頭の中は真っ白になった。
「痛くない?」
「誠くんの手、すごく……気持ちいい」
「涙目でそういうこと言われると、理性が引きちぎられそう」
誠に触れられると、そこから優しさが染み込んでくる。愛おしい、愛おしいと言われているような気分にもなる。
不思議な感覚だった。初めて感じる、心にまで染みるあたたかなぬくもり。
「天音さんはどこが気持ちいい?」
「……誠くんが触れてくれるところ、全部」
「はあ、俺のこと殺す気? 余裕、ないのに」
「嫌になった?」
「なるわけない。こんなに可愛いんだから」
小さなリップ音を立てて、何度も口づけられる。その先が欲しくて、天音は誘い込むように唇を開いた。遠慮がちに滑り込んできた舌に自分のものを絡めると、誠は優しく応じてくれる。
甘くてとろけそうなキス。張り詰めたものに触れる手は、乱暴さは微塵もなく、ぐずぐずに溶かされてしまいそうだった。
こんな風に優しくされるのも、天音にとっては初めてで、気持ち良さが溢れて、身体が追いつけない。
「誠くん、もうだめ」
「いいよ、イっても」
「やだ、まだ触って」
「可愛すぎて困る。どっちがいいの?」
「ど、どっちも。誠くんに、もっと触れて欲しい。……あっ」
触れる手が天音を高みへ押し上げる。くちくちと水音が響いて、それだけで興奮を煽られた。肌を滑る唇の感触に、鼓動が馬鹿みたいに早くなり、感情が爆発してしまいそうになる。
「誠くん……」
――好き
柔らかに笑う、その顔を見るだけで胸が締めつけられる。
気づけばもう沼の底だ。
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