蕾は萎れて下を向く

 一緒について行くという冬悟にシャワーを浴びさせて、急いでタクシーを呼んだ。それから落ち着かない気持ちで光喜のマンションに到着したのは電話から四十分くらい過ぎた頃。あえて呼び鈴は鳴らさずに小津に電話をかけて鍵を開けさせた。
 そして玄関扉を開けたら顔を真っ青にした熊――もとい小津が立ち尽くしていた。

「待っているあいだに逃げて帰らなかったのは褒めるけど。ちょっと落ち着こう」

「あのあとも結構飲んでて、み、光喜くん、かなり酔ってたけど」

「あー、残念ながらあいつどんだけ飲んでも記憶は飛ばさないから、諦めて」

 事後をなかったことにしたいようだがそれは無理だ。元々あいつはアルコールに強い。酔っ払ってても思考はしっかりしている。それなのに小津を酔い潰して手を出したのなら確信犯だろう。蜘蛛の巣にホイホイかかってしまったと思って諦めたほうがいい。

「でも光喜にその気があったのは意外だな」

「そういう素振りはあんまりなかったですよね」

「うん」

 考え込む俺に冬悟も不思議そうな顔をする。小津と光喜が顔を合わせるようになって、もう少しで二ヶ月になるくらい。接する態度は至って普通。好きになった相手には甘えを見せるのに、特別そういったこともなかった。

「飲み過ぎてネジが緩んだかな」

「えっ! そんな簡単にっ?」

「でも小津さんからしたら棚からぼた餅じゃないの? 光喜と付き合う気があるんだよな?」

「そ、それはもちろん、光喜くんに気持ちがあるなら。で、でも付き合う前にこういうのは、その、良くないよね?」

 恋愛覚えたての中高生か! と突っ込みたい気持ちはやまやまだが、いままで慎ましい感じの子としか付き合ってないのなら仕方ないのか。付き合う前にキスとかセックスしなさそうだもんな。

「小津さん、記憶はあるの?」

「う、うん、うっすらと。でもなんか都合のいい夢を見ていた気分で」

 これは悪い火遊びをしてしまった感覚かな。本当に遊びで手を出したのか、その気があって手を出したのか、そこは本人に聞かないとわかんないけど。

「とりあえず光喜を起こすか」

「え! ちょ、ちょっと待って!」

「なに? まだ心積もりができてないの?」

「なんて言えばいいのかな? 謝ったほうがいい?」

「……謝るのは駄目だろう。その気もないのにつまみ食いしたみたいじゃん」

「そ、それはないっ! 誓って違う!」

 呆れて肩をすくめた俺に小津は焦ったように首を横に振る。独り言みたいにそうじゃない、と何度も繰り返すしょんぼりとした様子に、冬悟と二人で顔を見合わせてしまった。
 酒に酔っ払って小津自身のネジもちょっと緩んでたってことだな。もうそこはお互い様だろう。

「反省はあとでして。これは本人に直接聞かないと話が進まない」

 オロオロしながら俺の侵入を防ごうとする小津を無理矢理避けて部屋に上がり込む。そして廊下を抜けてリビングの扉を開くとちょうど寝室の戸も開いた。

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